第7話 馬車は飛ばすよどこまでも

 翌日、僕が少し泣いたせいではないだろうが小雨の中、馬車は順調に進んでいた、

 昨夜はごく普通に一緒に寝ただけだ、寝る前に少し甘えさせてもらっただけでまだ何かしてはいない、

 少なくとも何かの魔法を注入されたあのキス以上の事はしていない、いや本当に、聖女様に誓って!

 だって気が付いたらすっごい気持ち良さそうにスヤスヤ寝てたんだもん、完全に無防備に!

 それを邪魔する気になんてなれない、いや何かしようとする勇気なんて無いっていうのもあるけど!その聖女様はというと……


「ん~ミストくぅ~ん」


 馬車の運転をアベルクス先生がやってくれているおかげで車内はソフィーさんと二人きり、

 だからなのか、一緒のベッドで寝たからなのかわからないけど急に積極的になってきている、

 首筋を撫でまわされたり妖しい目で見つめられたりと、愛玩動物にでもなった気分だ。


「その、ソフィーさん、恥ずかしい、です」

「え~これくらいで恥ずかしいならこれからどうするの~」

「そんな! その、ゆっくり、結婚前ですし、ゆっくりいきましょう」


 プロポーズを受けた、すなわち婚約者同士って事を考えると普通の行為なんだろうけど、

 つい先日まで本当にまったくの他人というかまともに会話どころかお目にかかる事すらなかったんだから、

 突然こんなにぐいぐい来られても困惑というか少し怖さすら感じる、僕から告白した形とはいえ……

 あれ? そもそもなんで告白したんだっけ? という根本的な疑問まで考えるのはやめておこう、

 決して嫌な状況ではないんだから、うん、困ったような状況ではあるけど。


「ミ・ス・ト・くんっ♪」


 油断すると僕の服に手を入れようとしてくる、

 もし抵抗しなかったらどこまでしてくるのか興味がない事はないが、やめておこう、

 今朝も食事の時『あ~んして』とか、着替えを手伝わせてとか、すごく絡んできて戸惑いの方が大きかったし。


「そっ、そうだ! 今度はソフィーさんの事を教えてください」

「あら私なら結構有名だと思ってたんだけど」

「すみません、聖女とか大聖女とか呼ばれてたり首席卒業だとかは知ってるのですが」


うん、実際Sクラスの生徒とは合同で何かするにしても距離がありすぎた。


「この国、アルドライドには大きく分けて二つの宗教があるの知ってるでしょ?」

「はい、国王が信仰する大教会と、この国が出来る前から信仰されてる聖教会ですよね」

「では問題です、それぞれの信仰する女神様の名前を言いなさい」


うーーーん、なんだっけ、習ったはずなんだけどなぁ


「ディ、ディ……」

「もうちょっと頑張って!」

「ディオ、ディオカルテ?」

「ディオネスよ、もう一つは?」

「セリ、セリ……セリス!

「セレネよ、女神ディオネスが大教会、女神セレネが聖教会、私はどっちでしょう?」


 二分の一とかいつもは外す気しかしないがこれはわかる!


「大教会!」

「正解よ、そしてベルルちゃんが聖教会、ちなみにミストくんは?」

「あー、なんかこっちの辺境伯の命令でポークレット家としてはどこも信仰するなって」

「無宗教?」

「母さんが僅かに火魔法と光魔法を使えたから何か信仰はしてるハズ、でも会話もままならないしなぁ」


 そう、この世界では魔法を使うには女神様の加護が必要で必然的にどこかに入信してないといけないのだ。


「大教会と聖教会では使える魔法が微妙に違ったりもするのよ」

「あーそれも授業で聞いた気がするようなしないような」

「あとミンスラー家だけが使える、特別な魔法もあるわ」


 魔法の授業なんて、使えない僕なんかは種類を憶えるだけで手いっぱいだった。


「ソフィーさんって、火、水、土、風、光、闇、の全属性使えるんですよね」

「もちろん!あとそれぞれの属性を組み合わせた上位魔法を造ったりもしてるわ」


 魔法を造るって相当な事では!


「例えばどんな魔法を造ったんですか?」

「んーこれ内緒よ? この袋持って」

「え? 空っぽですけど」

「で、こっちの袋に手を入れると……ほら」

「わっ! ソフィーさんの手がこっちに!」


 金貨やアイテムを見た目以上に収納できる袋、すなわち『アイテム袋』は一般的だけど、

 こういう風に違う所に出させるっていうのは初めて見た!

 これって実は地味に画期的では。


「すごいですね」

「まだこの大きさの袋が限界だけどね、距離もこの馬車内くらいだし、量産も無理だし」

「でもそんな大聖女様がなぜに僕の所へ、ってまだ言えないんだよね」


 少し黙り込んで何か考えている。


「理由はひとつじゃないわ、最低でも三、四っつあって、それは順番に手順を踏んで説明する必要があるの」

「すべてを知った時、僕は、納得できますか?」

「わからないわ、納得して欲しい、だから今は互いに信頼を積み重ねようと思うの」


 ごろん、と僕の膝の上に仰向けに頭を乗せてきた。


「だからぁ~、ねぇ~ミストくぅ~ん」

「ちょ、ちょっと待って! 丁度ソフィーさんにお願いしたい事があって」

「なぁに?」


 ちょっと早いけど今のうちに言っておこう。


「まだかなり先なんだけど、チュニビに入る前のゴアッソって所で、僕の七歳までの幼馴染が三人住んでて」

「それで?」

「その、一人の家に泊めてもらう予定だったんだけど、断りと、ついでにソフィーさんを紹介したいかなって」

「嬉しい……私の事、自慢してくれるのね」

「そんな見世物にするみたいなことはしないよ、ちょっと驚かせてみたくはあるけど」


 そう、本当なら行きの時にエスリンを紹介したっかったんだけど、

 従兄のルーベンに強奪されたから、結局普通に会って普通に泊まって終わっちゃった、

 帰りにも泊まる約束してたんだけど、この馬車の速度じゃ本当なら通り過ぎて終わっちゃうんだよなぁ、

 だからといって無理に聖女様と二人で泊めて欲しいなんて言えやしないし。


「ふふ、めいっぱい着飾って行きましょう!」

「その、ほどほどで」



  できたばかりの彼女(婚約者)を速攻でお披露目することに  

                              だめ貴族だもの。 ミスト

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