第6話 僕の村の話
アルドライド王国の東端にある辺境領土チュニビ、
その南にあるカジーラのさらに山々を超えた南、
深い森に覆われた僻地の中の僻地、
それがこの僕ミスト=ポークレットが生まれ育った小さな村フォレチトンだ。
もう少し南に進んだ大きな崖の下はオーク系モンスターの巣窟でその遙か先には死の砂漠、
また険しい山々が連なってるだけあって農地は僅かしかない、
それでも昔はそれなりに村が開拓され人口が七千五百人を増えた所で領主を置く事になった。
それが僕の父、ローガン=チュニヘルクだった、
父はチュニビを治める辺境伯の四男で、三人の兄がいて、
特にカジーラを治める次男、現・アーサー=チュニビッフィ伯爵には酷く虐められ続けていたらしいが、
準男爵としてローガン=ポークレットという新しい苗字を与えられ、小さく険しくとも自分の領地を与えて貰え、嬉しかったそうだ。
そしてその村で生まれ育ったメイドであるエスメを嫁に貰う、僕の母親だ、
二人でこの領地を良いものにしようと頑張っていたものの人も土地もなかなか豊かにならず、
無理がたたってか母は僕を生んだ直後にほぼ寝たきりになり、
僕は父と村に住んでいた二人のお婆さんメイドに育てられ何とか成長できた。
「ミストよ、お前も今日で八歳だ、本格的に学校で勉強をはじめる必要がある」
「父上、もう子供は僕以外、みんなこの村を捨てて出て行ってしまいました」
「うむ、それなんだが、先日カジーラに行った時、孤児院から一人の少女を貰い受けた、エスリン、入ってきなさい」
栗毛をモコっとさせた、そばかすだらけの痩せた少女が入ってきた。
「彼女をうちのメイドにする、と同時に一緒に学校へ通わせる、教師も一人確保した、ほら挨拶しなさい」
「はじめまして、エスリンです、よろしく、おねがい、します」
彼女は人と接する事自体苦手だったようで、生徒二人と教師一人の学校は合っていたみたいだ、
次第に僕とも打ち解けはじめ、僕もちゃんと意識した異性というものが初めてだったし、
村を出て行った友達ともあんまりうまくつきあえてなかったから、似た者同士で仲良くなっていった。
おじいさん教師はやる気あるんだかないんだかわからなくて、
今日は一日お日様の下で勉強しましょうとか言って言い出した自分が寝てたりと、
ゆるーい環境だった、だからかその後、僕の学院でのクラス分けテストは成績が酷かった、
それでも入学テストには合格できたのだから、ぎりぎりの知恵はつけてもらえていたのだろう、
エスリンにしても素直な良い子で教えられた事は一生懸命覚えていた、
僕よりも成績は良かったし何より一緒に復習し合った仲だ。
そう、一緒に過ごす月日が過ぎ、エスリンを恋人にしたいと意識し始めた頃、
王都の学院へ進学の話が来たのだった。
「ミストよ、お前ももう十一歳だ、ワシの領地を継ぐには王都の学院を卒業する必要がある」
「はい、父上の子は僕だけですから、そのつもりでいます」
「チュニビを治めるワシの兄、長男のオスカーに話はつけた、ただ金は自分で何とかしろと言われてな」
「入学金は、いくらぐらいですか」
「そこは気にするな、隠居中のワシの父がどこかから調達してくれるそうだ、
そこでだ、従者が必要だろう、エスリン!」
しずしずと入ってくる、
ここへ来た三年前よりそこそこ成長したように見える、
メイド服はすっかり似合ってるが、あいかわらず胸は無い。
「エスリンに二つ聞く、まず、ミストが王都で学院に入るとなったとき、一緒について身の回りの世話をしてくれるか?」
「はい、仰せのままに」
嬉しかった、友達であり恋心をずっと抱いていたエスリンが一緒に来てくれるなんて!
「もう一つ聞こう、エスリン、このミストが無事卒業し、このフォレチトンで領主となった際には、ミストと結婚してくれるか?」
「はい、仰せのままに」
「えっ?!」
僕は驚きつつも物凄く嬉しかった、
彼女とはそうなったらいいなと思いつつ友達以上には進めなかった、
でもこの年頃で村に居る子供は僕らくらいだったから、そういった未来は想像はしてたけど、
こうはっきり結婚が決まるなんて!
「エスリンちゃん、あ、ありがとう」
「ミストさま、まだ先の話ですよ、でも……うれしい、ありがとう」
「一応、結婚の許可はオスカー兄さんに貰う必要があるが、大丈夫だろう」
父の部屋から出た僕たちは顔を紅くして見つめ合う。
「エスリンちゃん」
「ミストさま」
「はいはい、子供は早く寝なさい!」
お婆さんメイドその一、とにかくせっかちなオリヴィエさんに蹴散らされる、
エスリンは済まなそうな表情でメイドの寝室へ……
遅れてお婆さんメイドその二、ゆっくりまったりなヴァネッサさんが母さんの部屋から出てきた。
「メイドが減るのは、大変だねぇー……」
僕はあまり入るなと言われていた母の部屋に忍び込む、
身体を拭いてもらった後のようで気持ち良さそうに寝ていた。
「母さん……僕、エスリンちゃんと、結婚するよ」
その半月後、それはあっけなく崩れ去った。
(あれ?朝から馬車が来てる、誰だろう?)
目を擦りながら見ると、メイドのエスリンが荷物をまとめさせられて馬車に乗せられる所だった!
父上と二人のお婆さんメイドも見送っていて只ならぬ雰囲気なのは子供ながらにわかる、
何より連れて行こうとしているのが会うたびに僕を虐めてくる、カジーラ領主の息子、ルーベンだったからだ!
「エスリン! どこ行くの!!」
慌てて寝間着のまま馬車へ行くとルーベンに蹴り飛ばされた!
「お前のメイドはウチが買い取ってやったんだ、お前はその金で学院に入れるんだよ!」
「そ、そんなぁ」
「コイツはもう俺の奴隷にするんだ! だから、今後一切近づくな!」
「なんで!!」
「お前、俺の妹にしたこと、忘れたんじゃないだろうな?」
その言葉にひるんでしまう。
「だからあれは、何にもしてないって」
「俺の妹が嘘つく訳ないだろ! まあお前が卒業し、良い子にして領主になるって時には何百倍の金と引き換えに返してやるかもな! じゃあな!」
「エスリン!!」
馬車が閉められる直前、奴隷の証となる『隷属の首輪』がはめられ、
震える声で彼女はこう言った。
「結婚できなくて、ごめんね」
婚約者を攫われても何もできなかった だめ貴族だもの。 ミスト
「……っていう事があったんだ」
「ふうん、酷い話ね、今はその子はどうなったの?」
「さあ、わ、わからない、会わせてもらえないし、
父上はもうあきらめろ忘れろって……」
「私はその子の代わりになれる訳じゃないけど……って泣いてる?」
「ご、ごめん、思い出すと、よく、涙が」
ぎゅっ、と僕の顔を胸で抱きしめてくれる、
ぬくもりが心地よい。
「辛い事を思い出させて、言わせちゃって、ごめんね」
「いえ、こういうのは早く言った方が、良かった、から」
「……今夜は私に甘えて?ね?精神浄化の魔法かけてあげる」
心地よい光が僕を覆うと、
鼓動が緩やかになり心が落ち着いてくる。
「今日のお話はここまでにしましょう、ね」
「はい、続きは、また」
そうだ、あの悪魔のような、ルーベンの妹アリアの話もしないと……
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その頃、ミストの故郷フォレチトンを事実上傘下に収めるカジーラでは、
叔父で領主のアーサー=チュニビッフィ伯爵が二人のメイドから情報を受けていた。
「なに? それは本当か」
「はい、学院からの情報で間違いないかと」
「教会筋からも同じ情報を得ています」
ニタリといやらしい笑みを浮かべるアーサー。
「ほほう、教会の聖女があのミストの嫁にのう」
「父上、どうせロクでもないはぐれ者でしょう、
このルーベンが利用してみせましょう!」
「そういえば以前のおもちゃもそろそろ潮時だったな、
わかった、こっちへ寄れば奪い取ってやろう」
「ありがとうございます、しかしできればあのミストの目の前で私が……
そうだ、奴の前でまた奴隷として強奪してやりましょう」
「それは面白そうだな、その後におもちゃも返してやるとするか」
不気味に笑う親子の前で、メイド二人は無表情のままうつむいていた……。
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