第7話:論文

「おはよう、智景君」


 翌日、僕達は通常通り学校へ行った。

 流石に怪異の影響のせいとは言え、学校を熱や病気でもないのに休むわけにはいかない。

 そんなことをしたと両親にバレたら、2人は大変だそうだ。


シオン莫迦も学校に遅れずに来たんだ」

「当たり前だろ。1週間も過ぎたとはいえ、2日も家に居なかったうえに、学校にまで行かないって言ったんじゃ、親父にしめられちまう」

「首を絞められるのか?DVで訴えたらどうだ。安心しろ。証拠さえあるならば、確実に勝たせてやるから」

「いや、そう言う意味じゃなくて。家から閉め出されるって言う事だよ。まあ、それもDVに入る可能性もあるが、学校にさえ行けばいいだけの話だし、1日あれば入れて貰えるからな。そう訴えるわけにもいかないよ」

「まあ、お前がいいなら、僕が口を出すようなことでもないだろうが。そうだ、この間の話、軽くまとめてみたんだ。読むか?」


 この間の話——怪異について、簡単にではあるがまとめておいたのだ。

 その内、いくつかの怪異についてまとめて、怪異についての論文みたいなものを作れたらいいと思っている。そのためにこの1週間の間、学校でもPCの使用許可をもらい、授業中だろうが関係無しに情報を集め、ようやく完成したのだ。

 まあ、今回は論文と呼べるようなものではない。論文のために簡単にまとめただけの下書きの一部だな。


「じゃあ、読ませてもらおうかな」

「俺も」

「ほら」


 二人にコピーしてきたものを渡した。今読まないと言っていたら、取り敢えず渡しておこうとは思っていたので持ってきたのだ。

 まあ、2人に渡したものは、簡単に作った物をさらにかいつまんで書いたものなので、かなり内容は薄いだろう。


「何これ。目がチカチカしてくるわ」

「何て読むんだ、これ」


 あれ?読めているイズナは良しとして、矢桜は何一つとして読めないようだ。

 矢桜の分は翻訳しておくべきだったか?まさか、あそこまで英語が読めないとは思わなかったんだ。

 提出する論文は、日本ではなくイギリスの方で提出する予定だったからな。一応は、翻訳版などは日本でも回されるだろうが、少し翻訳ミスなども出てくるだろう。


「翻訳が必要だったか、矢桜の分は」

「当たり前じゃない。こいつの成績がどれだけ酷いと思っているのよ」

「おい!イズナ。それ以上は言うなよ」

「いまさらそんなこと言っても遅いわよ。それに、智景君以外は、大体の人が知っているわよ。この間の入学テストでうんうん唸っていたじゃない」


 試験の最中に唸りだしたときは驚いたが、問題の解き方が分かっていなかったのか。

 まあ、苦手な人は分からないだろうな。


「矢桜、認める事から始めようぜ」

「智景に慰められるとは‥‥」

「そうは言うけど、智景君はもしかすると日本の中学生の中では、いちばん頭がいい可能性があるわよ」

「そうだった。智景はイギリスの名門大学に通ってたんだったな」

「ま、そう言う事になるな。ある程度なら教えてやれると思うぞ」


 まあ、日本語漢字が半分くらい読めなくて、この間のテストはほとんど解けなかったからな。


「智景君がこの間のテストで点数が悪かったのは、漢字が読めなかったからよ。全部英語になっていれば、全科目100点取れてたんじゃないかしら」

「まあ、出来ない事ではないかもな。何となくで解いてたが、全教科50は取れてたし」


 それに、次のテストまでには中学で使う漢字までは全て覚える予定である。

 今の所、小学で使う漢字は全て終わったところだ。正直なところ、漢字はまだ覚えやすいな。他の言語や、昔の字に比べると圧倒的に分かりやすく簡単である。


「次のテストでは満点を取ろうと思ってるよ」

「半分くらいしか取れていなかったヤツが、テスト1月前で満点宣言をするとは大きく出たな。智景」


 威圧を込めて話かけてきたのは、僕達の担任である八坂やさか彩華いろは先生だ。

 本人は国語担当の教員で、まだ1週間ほどしか経っていないが、漢字を覚える上で何度かお世話になっている先生だ。


「彩華先生、別に大きく出たつもりはありませんよ。漢字を覚えてきて、この間の問題を解き直したのですが、全てのテストで9割以上は取れていたので、結果が伴ったうえでの発言ですよ」

「ま、お前の頭がいいのはこの1週間で何となくではあるが、分かってきているから心配はしていない。それはそうとして、矢桜。いつになったら春休みの課題を出すんだ。提出期限はとうの昔に過ぎているぞ」


 マジかよ、まだ出していなかったのか、矢桜よ。


「矢桜、貴方出したって言っていたわよね。それを信じた私がバカだったようね。このことは小母おばさんに伝えさせてもらうわね。終わるまでゲームなんかは出来ないと思った方が良いわね」

「矢桜、分からないのなら訊いてくれれば教えられたかもしれないのに。莫迦だな。正直救いようが無いよ。せめてこの土日に、少しは進める努力をしたらよかったんじゃないのか?お前、課題は終わっていると言って、僕達のこと遊びに誘ってきたじゃないか」

「ほ~う。矢桜、お前そんなに余裕があったのか?」

「あ~‥‥それは土日の宿題のことで‥‥」

「春休みの課題のことを私達は訊いたじゃない。もしかして、課題と訊いて適当に答えたの?それに、貴方今日の宿題も出していないじゃない」


 こいつ、土日の宿題すらも出していなかったのか。まだ入学したばかりという理由で、先生は宿題の量をかなり少なくしてくれていたのに、それすらもやっていないとは、どうやって進学するつもりなのだろうか‥‥ああ、中学までは義務教育だったな。


「先生。課題を出さなくとも、テストで満点を取れば、テストのある教科は最高成績になるんでしたっけ?」

「ええ。そうよ。ああ、そう言う事ね。矢桜はテストで満点を取るから、課題を出していなかったわけなのか」

「そう言えば、そのような仕組みがありましたね。矢桜はそれを狙っていたのですね。矢桜の今の成績はあまり良くないと訊いていましたが、家でよっぽど勉強しているのですね」

「そ、そう言う訳じゃ…」

「矢桜、僕も100点取ろうと思っているから、勝負だな」


 満面の笑みで、肩に手を置いてそう言った。


「い、や…俺は満点なんて‥‥」


 まあ、矢桜に満点を取れるとは思っていない。これに懲りて、課題を出す様になってくれればいいのだ。


「すいませんでした!課題は今週中に必ず出しますので、許してください!」


 土下座をしそうな勢いで、矢桜は先生に頭を下げた。

 先生も苦笑いをしている。ここまで効くとは思っていなかったのだろう。


「ま、まあ、出してもらえるならいいんだ」


 先生からすれば、矢桜が出さなくてもそこまで困らないだろう。だが、生徒の今後を考えるならば、出させた方が良い。だから、毎日のように提出を促しているのだろう。




 あの出来事からひと月が過ぎた。

 あの時の経験は今でも幻だったのではないかと疑わう事もあるが、実際に起きた出来事だったがために否定しきることも出来ず、かと言ってそれを事実だったと認めたところで何かあるわけでもなく、悶々とした時間を過ごしていた。


 このひと月の間に怪異に関する相談は来なかったようで、秘密基地に集まることはあったが怪異に関する話が話題に上がらなかった。


 先月の出来事について、僕の考察を述べよう。

『あの出来事はこの世界とは別の時間軸(今後裏世界と仮称する)に存在しているものと考える

また、裏世界で起きた出来事は現実世界にも影響を与え、裏世界の内部で起こった怪異が現実世界にはみ出てくることによって怪異による被害を受ける

その際に目には見えない次元の隙間のようなものができ、その隙間を通ることによって怪異の起こっている裏世界へと入ることが出来る

この裏世界で怪異を解決することにより、その瞬間から怪異が現実世界に対して与えた影響もなくなる

しかし、この際に既に確定したことは覆せず、死や怪我などは結果として残ることになる』


 このような所だろう。

 論文にするには足りていないが、個人的な考察としてならばこの程度でも十分だろう。

 これはあくまでも考察だからな。


 さて、これからも僕はこの裏世界に関わっていくことになるのだろうか‥‥

 友を見捨てるわけにもいかないが、出来れば遠慮したいものである。

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裏世界へようこそ 聖花シヅク @shiduku102

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