第4話:裏世界
初めて人が死ぬのを見たから、というのは体調を崩すとまではいかなくとも、調子を崩すくらいにはショッキングな画だろう。
だが、矢桜の表情はそう言ったものとは違った。
確かに、人が死ぬ瞬間を目の前で見たからだろう。助けられなかったことを悔やんでか、唇をぎゅっとかみしめ、顔には悲壮感が漂っている。ここまでを観ると、人が目の前で死んだことが原因にもとれる。
だが、彼の顔は真っ蒼に染まっていた。人が目の前で死んだのだから、顔が真っ蒼になることもあるだろう?確かにそうだ。
しかし、彼の表情には悲壮感と一緒に、焦りのようなものが見えた。
何に焦っているのかは分からない。が、何か理由があるのは確かだろう。
「とりあえず、外に出て話そう。イズナも何があったのか、気になっているはずだ。外に出るぞ」
矢桜の腕を掴み、引っ張る。しかし、矢桜は動こうとしない。イズナにもこいつの様子を診てもらいたいが、イズナは中に入るのを嫌がっている。
流石にグロを見たくない人を、中に連れてくるわけにはいかない。そうなると、矢桜を外に連れ出すしかないのだが‥‥こいつ、梃子でも動こうとしない感じだ。
「矢桜。体長に違和感があるのか?あ~、言い方が違うか?調子を崩したな」
正直どういった言い方が正しいのか、良く分からない。矢桜が英語を分かるのならばまた別だが、恐らくそこまで分からないだろう。
日本語もっと勉強しておくべきだったか‥‥まあ、それは置いておいて。こいつ、多分だが怪異に罹っているな。怪異は罹るという言い方が正しいのか分からないが。
「で、どうなんだ。流石に出ないわけにはいかないぞ。多分、そろそろ次の被害者が出る」
「ど、どういうことだ?」
矢桜は驚きやら何やらが色々と入り混じったような表情で、こちらを見上げてきた。
ようやく顔を上げたと思ったら、随分と顔色が悪くなってるな。
「まあ、後の話はここを出てからだ。多分、次の被害が出たら、此処に居るのは危ない」
「わ、わかった」
矢桜は、僕に従う形で外へと出た。
ようやく外に出てきた矢桜にイズナが話かけようとしたが、それを止め、少し離れた場所へと移動した。
移動し始める直前、さっきと同じ何かがはじける音と共に、今度は小さな悲鳴が聞こえた。
「智景君。そろそろ何であそこから離れたのか訊いてもいいかな?」
ギリギリ小屋が見える程度の所にまで移動したところで、僕達は腰を下ろした。
そこには大きな木があり、その根に座った。樹齢が何年くらいなのか気になるが、イズナの質問に答えるのが先だろう。
「まあ、なんだ。うん‥‥そうだな。小屋を見て見ろ」
「小屋?小屋がどうかした、の・・・・」
「声は出すな。こっちに気付かれると、少し厄介だ」
イズナの口に手を当て静かにするように促すと、イズナはブンブンと頭を縦に振った。何故か少し顔が赤かった気もするが、気にしている暇はない。
「あれ何なの?怪異の影響かな」
「やっぱり、あれも怪異の影響なのか?」
イズナが冷静なようで助かった。ここで大声を出されたりすると、小屋にいたおっさんたちに気付かれる可能性があったからだ。
「どうだろう。私は見た事あるタイプじゃないな。こういうのは矢桜の方が詳しいんだけど‥‥どうしたの」
「イズナから見てもおかしいのか。じゃあ、矢桜も怪異に罹っているとみるべきだな」
「怪異に!?でも、確かにそうかも知れない。いつもより元気も少ないもの」
イズナから見て、矢桜の様子がいつもと違うというのならば、それは正しいのだろう。幼馴染のようだし、小さいころから知っているはずだからな。
「ち、智景。何で、ああなることが分かったんだ?」
さっきまで縮こまっていた矢桜がようやく言葉を発した。
「多分だけど、怪異の影響には段階がある」
「段階?そんなものがあったとして、智景君は何で分かったの?」
「最初に中を見て、矢桜が音を聴いた時から時間を数えていた。矢桜が中から僕達を呼ぶまでに、30分程度時間があった。それと、中の人の状況だな。最初に見たときは15人にぼつぼつが出来ていたんだが、あとには行ったときは18人いた。多分、5分か10分周期で鳥の鳴き声が聞こえるんじゃないのか?」
これは1つの推理だ。10分というのもただの感。
2回で1つ段階が進むか、1回で段階が進むかの差だ。
僕は恐らく5分に1回だと思う。僕が呼ばれてから何かがはじける音がするまでに、5分と少しかかっていた。
1度目の音は何かの合図だろう。そこで、人間の生体情報か何かを書き換えている。いや、頭に刷り込まれているんだろうな。
2回目の音には現象を起こす効果があるのだろう。それか、頭の中に刷り込まれたものを、再度思い起こさせ、体に影響を与える。『subliminal effect』が一番近いのではないだろうか?
「あ、ああ。5分に一回。鳴き声が聞こえる。でも、調子を崩すのは2回目だ。あのおっさんが死んだのは、1回目の時だった」
「あれ、死という事実に書き換えられたんだろうな。多分だが、『死ぬ』という情報を頭に刷り込まれた。そうなると、それを思い起こさせる必要もなく、あのおっさんは死んだ。いや、正確には、死の情報では無く、あのぼつぼつが膨張するだけか?まあ、そこら辺は良く分からないな」
自分自身が音の影響を受けていない以上、何が正解なのかは分からない。見た事実だけでは分からないことも多いのだ。
「じゃ、じゃあ‥‥俺はどうなるんだ?」
「怪異の影響がどの程度か分からない以上、外に出るのは難しいな」
「智景君。多分だけど、怪異から逃げることは難しいよ。怪異に関するものは、自分の影響下にある者が何処に行っても、見つけ出すことができるから。逃げ切ることは絶対に出来ない」
「じゃあ、逃げるという選択肢はなしだな。怪異の基をなくしたら、どうなるんだ?」
「今まで見てきたものだと、大抵はその効果も消えてたけど‥‥こういった体に関することだと、どうなるのか分からないわ」
「矢桜が助かるとしたら現況を潰すしかなさそうだな。じゃあ、行くか」
飯塚さんが言っていた。奥の方には使われなくなった、鳥居があると。
怪異に関係あるのかは分からないが、可能性があるとすればそこだろうな。
10分ほど歩いたところで、奥からは何か物音が聞こえてきた。
ここまで来るのにもう2時間以上が過ぎている。空も真っ暗になってきている。
これ以上の行動は危険だが、矢桜に危険が迫っている以上、時間をかけ過ぎるわけにもいかない。
「静かに」
イズナが何かを話そうとしたが、何があるか分からなかったので止めた。
「智景君、家があるよ」
「ああ。だが、普通の家ではないな」
このハイテクになっている時代に、茅葺屋根の家がある訳がない。
そもそも、こんな重機が入れそうにもないような場所に、家がある時点でおかしい。
それに、こんなところに集落があったならば、飯塚さんが言っていないわけがない。
ここが私有地である以上、ここに集落があるのは異常なのだ。
「家の形状が古すぎるし、ここは私有地のはずだ。もし私有地でなかったとしても、国のものである以上、もっとましな生活水準が保てるはずだ」
「でも、実際に家…集落があるよ」
「それに、中を見ろ。灯りが火しかないんだ。いくらなんでも、おかしいだろ。それに電気の通っていないような場所に、好き好んで住み続けるか?」
これは詭弁だ。そもそも、電気の存在を知らなければ、電気の無い場所に住み続けるのに何も違和感を抱かないだろう。
「それもそう、かな」
イズナはこれで信じてくれたようだ。それはそうと、矢桜が静かすぎる気が‥‥
そう思って後ろを向いた瞬間。イズナが誰かに殴られそうになっていた。
「危ない!」
イズナが危険な状態にあることに気付いたからか、咄嗟に大声を上げてイズナを突き飛ばした。
くそ、しくったな。突き飛ばすのはいいとして、声はあげるべきではなかったかも知れない。
集落からは金属通しがぶつかり合うような音が聞こえ、家の中からは人が大量に出てきた。
「逃げるぞ!」
「矢桜は!」
「おいていく!」
彼を置いていったとして、無事だという保証はない。
しかし、彼を連れて行った場合、僕たち二人が逃げ切れる可能性は、半分以下になる。
そんでなくとも、相手は大人ばかりなのだ。しかも、現代にいるような不健康そうな感じでもなく、かなり筋肉質に見える。
「大丈夫だ。あとで連れ戻す」
「‥‥でも!……ううん。分かった」
納得してくれたようだな。イズナが賢いやつで助かったな。
こうして、俺とイズナは逃げ出した。
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