第3話:怪異


「で、何が原因なのか分かったのか?」

「いいえ、全然分からないわ」


 森を進みながら、少しずつ情報をすり合わせていきたいところだ。


「意外と、食中毒かも知れないわよ」

「いや、それは無いだろう。木の手入れをしているとは言っていたが、一度に全員が入っているわけでは無いだろう」

「いんや、この間。木を一気に植え替えるために、大量に人が入ったらしいぞ」


 事前に聞いていた情報だろうか?

 それよりも、完全に矢桜のこと忘れていたな。こいつ、しゃべらないとここまで存在感が薄いやつだったのか。


「それでも、だ。あるとしたら虫とかじゃないのか?」

「何でかしら?」

「全員が同じものを食べているわけじゃないだろう。それに、音を訊いたと言っていたしな。ところで、今度はどこに向かっているんだ?」

「あら、言って無かったかしら?森の小屋に向かっているのよ。そこに病人?がいるらしいから」


 隔離中か。間違った対処ではないだろうが、どうなのだろうか?


「怪異に侵されている可能性も、否定しきれないけどね」

「まあ、怪異に侵されている可能性も、今回はかなり高いな。皆同じ音を訊いてたんだろ」


 音にまつわる怪異、か。


「何か心当たりがあるのか?」

「この情報だけだと、全く分らんな。だから、今から小屋にいる人たちに訊いてみようと思う」


 小屋に辿り着いた僕達を代表して、矢桜がドアを叩いた。


「はいよ」


 出てきたのは縦にも横にもデカい男の人だ。

 最初に寄った家にいた女性が言っていた、ぼつぼつはまだ出来ていないようだ。それに、調子が悪いようにも見えない。


「ん?何で子供がこんなとこに来てんだ。けぇった、けぇった」


 中途半端になまった喋り方だな。訊きづらくてたまったもんじゃない。


「飯塚さんにここの事を訊き、やってきました」


 飯塚さん?ああ、あの家の人か。


「飯塚さんが言っていたのは、おめぇたちのことだったのか?随分と子供をよこしたもんだな。まぁ、いいか。じゃあ、向こうに真直ぐ進むと、音を訊いたやつらを隔離してある小屋が別にある。そっちに行ってくれや」

「分かりました。あと、何か音について、どんなものだったか訊いていますか?」

「おとぉ?ああ、なんだか、鳥の声のように聞こえるっつてたぞ。あと‥‥ぼつぼつが出来てきたやつから、『こっちにこい』っつぅ声が聞こえるって訊いたな」


 鳥のような鳴き声、そして、『こっちにこい』と呼ぶ声、か。


「分かりました。情報提供感謝します」


 ノックしたのは矢桜だったのに、結局話すのはイズナだったな。

 まあ、イズナが話した方が問題は小さいのだろうが。


「じゃあ、行きましょうか」

「ああ」




「そういや、さっきの話で何か分かったのか」

「いいえ。全然ね」

「そもそも、全然知らない怪異が出てきているとしても、全然おかしくないからな。怪異なんて、元は人のうわさ話だ、っていう説もあるくらいだし」


 噂話か。75日で収まるってやつだろうか?


「75日で収まるんじゃないのか?」

「それは人の噂ね。こういうのは人の噂より、根が枯れてもどんどん葉が広がっていくからたちが悪いわよ」

「人の噂なんて、そんな広がらないだろうし、広がったとしても別のもので潰れていくだろ。でも、こういった怪異なんかは、子供の話の中で広がって、面白おかしく広がっちまうんだ。最初の噂とは全く別の物になって、怪異が見つかったなんて言う話も珍しいものでもない」

「そうなのか」


 噂というやつは厄介なんだな。向こうの方だと、メシマズとかもその怪異のような噂に似ているのかもしれないな。まぁ、怪異とは関係ないが。


「見えてきたわね。行きましょう」


 小屋に辿り着き、イズナがノックしたが誰も返事すら返さず、ドアが開く気配もなかった。それなのに、中からはうめき声が聞こえてくる。

 時々『やめてくれ』何て言う声も、うめき声に交じって聞こえてくる。


「開けるぞ。俺が止めなければ入ってこい」


 矢桜が率先して小屋の中に入っていった。しかし、ドアを開けた状態で矢桜は止まっていた。何かを呆然と見つめているようにも見える。


「入っていいのか?」

「グロが大丈夫なら、入ってきてもいいぞ。夢に出そうな感じだ」


 どういうことだ?グロ?何だそれは。

 gross、いまいましい?grotesque、奇怪な?

 どっちにしても、夢に出てくるようなものか?

 矢桜が言っていることが少し気掛かりではあったが、隣でイズナが躊躇している事にも気づかず、僕は小屋の中を覗き込んだ。


「うっ‥‥」


 中を覗き込んだ瞬間、胃の中から昼に食べたものが出てきそうな、猛烈な吐き気に襲われた。

 グロって言うのは、気持ち悪いもの、吐き気を催すものの事を指していたのか。

 中にいた人たちの身体からは、人によって量や出来る場所、大きさは違うが、5㎝ほどの出っ張りが出来ていた。それはイボというにはデカすぎるし、爪と同じ成分のもの、というには此処に居る全員がかかっているのはおかし過ぎる。


「そう言うのは先に言ってくれ。うっぷ。全然違う意味で取ったぞ」


 マジで吐きそうだ。やべぇ。


「そ、そんなに酷いなら、私は見るのやめておくわ」


 そうした方が良いと思う。


「ん?いま、何か鳥の鳴き声が聞こえなかったか?」

「イズナ、そんなの聞こえたか?僕には聞こえなかったんだが」

「私にも聞こえなかったわよ」


 つまり、矢桜だけに聞こえたと。

 鳥の鳴き声、ねぇ。


「誰かに話聞いてくれ。僕はマジで吐きそうだから」

「ああ」


 時間にしたら10分ほどだっただろうか?

 突然中から、矢桜の声が聞こえてきた。


「智景!来てくれ!おっさんが!」


 その声が聞こえた瞬間。中から何かがはじけた様な、小さな音が聞こえた。


「どうしたんだ、よ‥‥チッ。最後はこうなる訳か。こりゃ病気ではないな。マジで怪異とかいうやつの可能性が高くなってきたぞ」


 矢桜の目の前にあったのは、先程まであった出っ張りがはじけていた。一応確認のため、胸のあたりに手を置いてみたが、鼓動も感じない。

 死んでる、か。まさか、怪異とかいうやつが、ここまで危ないとはな。ここまで首を突っ込んでしまった以上、それがすでに僕にかかっていないとは言い切れない。

 死体を見たのに何だが、吐き気はしなかった。大学にいるときに、一応医学関係の仕事の見学もさせてもらったから、死体を見るのは慣れっこ、とまでは言わないが、その辺の同級生よりは慣れている自覚がある。


「で、矢桜。お前、何か隠してないか?」


 どこか顔色が悪く見える矢桜に対して、僕は尋ねた。

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