第60話
クマのぬいぐるみと豆腐の謎の調査に乗り出したふみ
「……それで私のところへやって来たというわけか」
ふみ香が小林に会うとき、大抵小林は一人でいるが、もしかしたらあまり友達がいないのかもしれない。
「小林先輩のお陰でパソコン部との交流戦にも勝つことができました。ありがとうございます。そのお力を見込んで、先輩にお願いがあります。どうかこの豆腐の謎を解いて戴けないでしょうか?」
「悪いが断る」
「……え?」
小林の意外な反応に、ふみ香は目を丸くする。
謎を解くことが自分のライフワークだと豪語していた小林だ。事件の概要を説明すれば、これまで同様、すぐさま推理に取り掛かるだろうと考えていたのだが、その当てが外れた格好だった。
「……ど、どうしてですか?」
「単純に興味がない」
あの小林声が謎に興味がない?
こうなってくるといよいよ異常事態だ。
「……あの、大丈夫ですか、小林先輩? 模擬店で何か変なもの食べさせられたりしませんでした? もしくは熱があるとか?」
「ええいッ!!」
ふみ香が熱を測ろうと額を触ろうとするのを、小林が邪魔くさそうに払い除ける。
「……あのな、私は平常運転だ。問題があるのは、その豆腐の謎の方だ」
「…………」
どうやら、今回の謎は小林のお気に召さないということのようだ。
「……ええと、あの、参考までに伺いたいのですが、小林先輩はこの事件の謎のどの辺りが気に入らないのですか?」
「……私は暗号ミステリというのが少々苦手でな」
小林はそう言いながら前髪をクシャリとかき上げた。
「苦手といっても、別に解けないという意味ではないぞ。難易度という意味では、密室やアリバイ崩しより余程簡単なくらいだ。ただ、暗号の解読というのにはどうも心理的な抵抗があってな」
「……抵抗、ですか?」
「トリック殺人の謎解きと違って暗号解読もののミステリというのは、どうにも自己満足のマスターベーションを見せつけられているかのような気恥ずかしさがあるのだ。その理由は、暗号それ自体が解かれることを前提に作られていることにある。誰にも解けない殺人トリックには完全犯罪という価値があるが、誰にも解けない暗号というものには便所の落書き程の価値すらない。それに暗号の解読方法は、制作者が考えた一つの方法でしか解くことができない。幾ら問題がよくできていたとしても、そんなものはテストの答案と何の変わりもない」
「…………」
ふみ香としては、小林の言わんとしていることが理解できなくもない。
謎を解いたところで制作者の掌の上であることが面白くないということだろう。
「それからある程度の予備知識がないと解けない点も、私が暗号ミステリを嫌いな理由だ。そもそもこれは
「……私の領分?」
「何やごちゃごちゃぬかしとるけど、ホンマは暗号が解けへんだけなんとちゃうか? 御託はええから、とっとと謎解いてみィ」
そこで今まで黙っていた白旗が小林を睨みつける。
「ちょっと白旗先輩、話がややこしくなるので今は黙っててください。大体幾ら何でもそんな安い挑発に小林先輩が乗るわけ……」
「……ふん、上等だ。そこまで言われたからにはこの暗号、解かないわけにはいかなくなったな。美里、今すぐ紙とペンを持ってきてくれ。この程度の暗号、三十秒とかからず解いてみせよう」
「…………」
案外単純な性格の小林に、ふみ香はまだまだこの少女探偵のことを理解できていないことを痛感した。
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