第58話

 最初に異変が報告されたのは、六角ろっかくのクラス、三年二組の教室だった。


 教卓の上にクマのぬいぐるみが倒されており、その傍らには赤い液体に濡れた木綿豆腐が置かれていたのだという。


「…………クマのぬいぐるみに、豆腐。それから、血?」


「いや、赤い液体は本物の血液ではなく、匂いから察するにトマトジュースのようだったな」

 六角がふみの言葉を訂正する。


「…………?」


 ふみ香の頭上に巨大なクエスチョンマークが浮かび上がる。その情報だけ聞いてもさっぱり意味がわからない。


「異変があったのは、私のクラスだけではない。次に二年三組の教室からも同じ物が見つかった。更に一年一組の教室からもだ」


 つまり、三つの教室で同じ異変があったということだ。


「…………」


 普通に考えれば単なる悪戯だろう。異変があった三つの教室も、単に展示やし物に使われていない空き教室だったと考えれば納得できる。


 ――ただ、


 最近になって、校内で殺人事件が二件連続して起きている。どちら事件も小林こばやしこえによって既に解決済みではあるものの、今回の出来事が新たな事件の予兆でないとも限らない。


「……その話、俺にも詳しく教えてくれへんか?」


 そう言ってステージの下からふみ香と六角の話に割り込んできたのは、灰色のブレザーに箒を逆さにしたような頭の男子生徒だ。


 ――彼の名前は白旗しらはた誠士郎せいしろう

 小林のライバルを自称する、謎の転校生だ。


「アガサ・クリスティの代表作の一つである『そしてだれもいなくなった』では、十人の登場人物を十体のインディアン人形に見立てて惨劇が起こった。ほならこのクマのぬいぐるみと豆腐も、これから起こる殺人事件を表しとるつもりなんやないかな?」


「そんな……」

 ふみ香は白旗の推理に戦慄する。


「六角さん、どんな些細なことでもええ。他に何か気がついたことがあったら教えてください」


「……そうだな、そういえば一つ引っかかることがあるのだった」


「何ですか?」


「一年一組の教室にあった豆腐だけ、何故か色が違ったのだ」

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