第52話

「扇風機!?」

 ふみは思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまう。


 ギターの中から小型の扇風機が出てきたことも、それが兇器だという小林こばやしの推理も、ふみ香には何もかもが謎だ。


「まず、大勢いたオーディエンスの中で何故被害者一人だけが倒れたのかという謎から片付けていきましょう」


 小林は堂々と安仁屋あにやの隣に立つと、聴衆をぐるりと見回した。


「それは、犯人が特定の人物にだけ効果のある毒をばら撒いたからです」


「……特定の人物にだけ効果のある毒!?」


「アレルギー物質ですよ。犯人は被害者のアレルギー物質を聴衆に向けて撃ち放った。そしてあのクラシックギターは、その大砲の役目を果たしている。ギターの内部には小型扇風機の他に、蕎麦そば粉が入っているのではないですか?」


「……そうかッ!!」

 ふみ香はそこで漸く理解する。


 


 アレルギーをなめてはいけない。ふみ香は、ピーナツアレルギーの少女がピーナツバターを食べた少年とキスして死亡したという海外のニュースを思い出していた。


 ギターの中の小型扇風機は、ギター内部で蕎麦粉を舞わせる為の装置だった。そしてクラシックギターは空気砲の役割をしていた。安仁屋は演奏の前にギターをポンと叩いていた。あの仕草でサウンドホールから空気と一緒に蕎麦粉を前方に発射していたのだ。


「タネがわかれば単純な仕掛けですが、被害者が倒れた原因がわからなければ、その時間だけ犯人に証拠を消す猶予が残される。警察や医者が原因を調べている間にギターを燃やしてしまうなりすれば、被害者が何時どうやって蕎麦粉を吸引したかは藪の中です」



「……ああ、ああッ」

 安仁屋は大勢のファンの前で情けなくガックリと項垂れる。


「……俺は悪くない。この女が悪いんだ。一回寝ただけで彼女ヅラするのが悪いんだ。この女が、この女の所為でッ!!」


「……別に私は貴方の身勝手な殺害動機に微塵も興味はありません。今の貴方にできることは、被害者が死なないことを祈ることくらいのものです。ま、どのみち貴方にとっては地獄なのかもしれませんがね」

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