第46話
ふみ
廊下には誰もおらず、ひっそりと静まりかえっている。
時刻は午前7時20分をまわったところ。そろそろ警察が到着してもおかしくない頃だが、今のところ学校からは何のアナウンスもなかった。
ふみ香が試しに図書室の扉を開けてみると、鍵が掛けられていないようで、何の抵抗もなくするりと開いた。
「……誰かいませんか?」
そう言って中に入っても反応はない。どうやら中は無人のようだ。
それならそれで、ふみ香としては好都合だった。これで誰の目を気にすることなく調査に専念できるというわけだ。
ふみ香は一先ず、
そこは本棚に囲まれた、一人掛けの席だった。まるで、その席だけが世界から切り離されたような、古川栞菜の為だけに用意されたような場所。
そこでふみ香はその席の周辺から、甘い匂いがすることに気がつく。何か、香水のような香りだ。
――古川栞菜の残り香だろうか?
そう考えて、ふみ香はすぐさまその考えを打ち消した。
磯貝が最後に古川を見たのは昨日の放課後だ。それから十時間以上経過しているのに、香水の匂いがこの場に残っていることなんてあり得ない。
まさか、古川栞菜の幽霊が近くにいるのではないか?
ふみ香は全身が粟立ち、思わず辺りを見回した。しかし当然、幽霊など現れる筈もなく、図書室の中はふみ香一人だけだった。
「……もういい。もう充分だよね?」
ふみ香は一人でそう言って、図書室を出ることを決める。あとは小林と白旗に任せれば、謎は解けて事件は解決。
――それでいい。その方がいい。
しかし思考とは裏腹に、ふみ香の二つの眼球は見てしまった。本棚に収められた分厚い日本地名大辞典の箱に、血のような黒い染みが付着していることに。
――よせ。止めた方がいい。
ふみ香の脳は激しく警鐘を鳴らしている。
しかし意志に反して、ふみ香の右腕は真っ直ぐに本棚に伸びていた。
箱の中に辞典は入っていなかった。
代わりに、惚けたような表情の少女の首が隠されていた。
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