第45話

 暫くして現れた磯貝いそがい康平こうへいは、背の高い糸目の男子生徒だった。体格はいいのに異様に色が白い所為で、弱々しく見える。


「あんたが美里みさとか? それで俺に訊きたいことって何?」


「……古川ふるかわ栞菜かんなさんについて少々お話を伺いたいのですが」


 ふみがその名前を口にした瞬間、磯貝の瞳が大きく見開かれた。


「あんたも栞菜のことが気になるのか!?」


「……気になるというか、古川さんはどういう人だったのですか?」


「……?」


 そこでふみ香は自分の失言に気がつく。

 どうやら磯貝はまだ古川の死を知らないらしい。

 磯貝から情報を引き出すのに、古川の死というショッキングなニュースは教えないでいた方が良いかもしれない。


「……あ、いえ、ファンクラブがあるほどの古川さんの人気について興味があって。古川さんの魅力についてお話を伺おうと思いまして」


「ああ、栞菜の魅力ね。そこを一番理解してるのは間違いなく俺だろうね、うん」

 磯貝は得意気な笑みを浮かべる。


「まずは何と言っても、あの神秘的なまでの美貌だ。単に可愛いとか美人とか、そういう次元の話じゃない。何て言うのかな、オーラっていうの? 何か近付き難い感じなんだよね。自分が近付いた所為で、美しいものを壊してしまうかもしれないみたいな、そういう恐怖ってわかる?」


「……な、何となくなら」


「んふふ、何となくでもわかれば上出来よ。栞菜に関してはファンクラブの間でも不可侵が義務付けられている。近寄らず、話し掛けず、だ。我々はウォッチャーに徹しているのさ」


「磯貝さんは昨日、図書室で古川さんを見たそうですね?」


「嗚呼、そうだった!! このことを話しておかねばならないのだった!!」

 磯貝はそこで自分の額をペチンと叩いた。


「昨日の放課後、栞菜は何時もと同じように図書室の窓際の席でお気に入りの詩集をじっと眺めていた。俺は遠くからその様子を見ていたんだが、少し目を離した隙に煙のように消えていたんだ」


「……え? それってどういうことですか?」


「図書室を出て、俺は廊下で出入り口をずっと張っていたんだが、栞菜は一度も外に出ていないのに、何時の間にか図書室の中からいなくなっていた」


「…………」


 空閑くが美弥子みやこが磯貝をストーカーと評していた意味を、ふみ香は理解した気がした。


 ――しかし、図書室から忽然と姿を消した美少女。古川栞菜はどこへ消えたのか?


 否、それ以前に古川は本当に昨日の放課後、図書室にいたのか?

 百葉箱の中から見つかった古川の右手は、空閑の話では死後二日程度経っていたという。磯貝の話が本当なら、昨日の古川は右手が切断された状態で何食わぬ顔で図書室に来ていたことになる。


 ――そんなこと、ある筈がない。


 現実的に考えれば、空閑と磯貝、どちらかの証言が間違えているということになる。


 空閑美弥子の証言が間違っている場合、腕が切断されて二日は経過しているという目算が狂っていることが考えられる。

 そしてもう一つ、そもそも百葉箱で見つかった手が古川のものではなかった場合だ。赤の他人の手の甲に、偶然似たような火傷の跡があった可能性もゼロではないだろう。


 磯貝康平の証言が間違えている場合、何らかの理由で磯貝が嘘を言っている可能性が考えられる。たとえば、磯貝が古川を殺した犯人だったときなどがこの場合だ。

 そして、磯貝が嘘をついていない場合。古川栞菜が本当に昨日図書室にいて、煙のように消えてしまったのだとしたら?


「……足がないなら兎も角、腕がない幽霊なんて聞いたこともないけど」


「おい、人の話聞いてんのかよ?」


「……あ、はい。どうもありがとうございました。とても参考になりました」

 ふみ香はそう言って足早にその場を立ち去る。


 事前の調査としては、こんなもので充分だろう。あとは非常階段の事件を解決した(予定)白旗しらはたと合流して、情報を渡せばいい。


 しかし、ふみ香はもう少しだけ、この謎について調べてみたい衝動に駆られていた。小林こばやしや白旗と一緒にいるうちに、少々毒されてしまったのかもしれない。


 ふみ香は古川栞菜が消失したという、図書室に行ってみることにした。

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