喜屋武との対決

第35話

「王手」


 ――放課後の将棋部の部室。


 喜屋武きゃん彩芽あやめ白旗しらはた誠士郎せいしろうと向かい合って、将棋の対局をしている。


「……ま、参った」


 白旗は苦虫を噛み潰したような顔で項垂れた。


 勝負は大激戦の末、喜屋武の勝利だった。


「……何てレベルの戦いだ。信じられん」


 将棋部部長の六角ろっかく計介けいすけは何度も瞬きをして、将棋盤を見つめている。この短期間に自分を上回る才能を二人も目の当たりにして、自信を喪失しているのかもしれない。


「さ、約束通り勝ったんだから、これで僕を部員として認めてくれますよね、シロちゃん先輩?」

 喜屋武が屈託のない笑顔で言う。


「……人殺しを同じ部活の仲間やと認められるか、アホ!!」


「だーかーらー、僕は人殺しじゃなくて小説家なんです~」


「…………」


 美里みさとふみは将棋部のそんな和やか? な光景をぼんやりと眺めていた。


 しかし、喜屋武彩芽には校内で起きた殺人事件の幾つかに関与した疑いがある。


 ――もしも校内で頻発する殺人事件の元凶が、喜屋武だったとしたら?


 ――将棋部の先輩だった、浜地はまじ光男みつおの死にも喜屋武が関わっていたのだとしたら?


「はよ将棋部から出て行け、サイコパス女!!」


「嫌ですよーだ。僕、シロちゃん先輩と仲良くしたいだけなんです~」


「近寄んな!! あっち行け!! シッシ!!」


 ふみ香は白旗たちから気付かれないよう、そっと部室を後にする。


     〇 〇 〇

 

「何の用だ、美里?」


 小林こばやしこえは文庫本に視線を落としたまま、ふみ香の顔をチラリとも見ずにそう言った。

 小林は学校から程近い喫茶店で読書しながら、カフェオレを飲んでいた。


「……実は、小林先輩にご相談したいことがありまして」


 ふみ香が喫茶店に来たのは、小林に会う為だ。今朝の内からLINEラインのトークで約束を取り付けていたのだった。


「私に相談ということは、事件絡みなんだな?」


「……ええ、まァ。というか、『瞬間移動殺人事件』の黒幕だった喜屋武さんのことなんですけど」


「……喜屋武彩芽か」

 小林はその名を口にすると、小さく溜息をついた。


 旧校舎で起きた、死体が瞬間移動する不可解な殺人事件。

 実行犯の八巻やまきらんが逮捕されたことで幕引きとなったが、殺人トリックを立案、計画した真の黒幕は喜屋武彩芽に他ならない。

 そして喜屋武はそれ以前から小林と知恵比べをすることを目的に、犯人にトリックを授けて実行させていた。


「率直にお尋ねします。小林先輩は彼女をどう思いますか?」


「特に何も」

 小林声は即答する。


「……何も思わないということはないでしょう? 喜屋武さんは小林先輩と対決する為に、犯人たちにトリックを与え実行させたんですよ? そして今も裁かれることもなく、のうのうと学園生活を謳歌している」


「美里、お前は一つ大きな思い違いをしている。私が事件の謎を解くのは、社会正義や使命感からではない。これは私の習性なのだ。近くに謎があれば、解かずにはいられない。そこに善も悪もない。もしも私の行動が世の中の為になったのだとしても、それは結果論に過ぎないのだ」


「……でも、このまま放っておけば、犠牲者が更に増えることはわかっているんですよ!?」


「生憎だが、それを考えるのは私の仕事ではない。私にできるのは、事件の構造を推理して犯人を見つけ出す。それだけだ」

 小林はそれだけ言うと、再び文庫本に視線を戻してしまう。


「…………」


 ――取り付く島もない。


 それでもふみ香は諦めきれず、小林から離れられずにいた。


 小林の探偵としての能力の高さは、今更疑う余地はない。この先学校でどんな事件が起きても、小林なら必ず謎を解いて犯人を突き止めるだろう。


 しかし何度事件の謎を解いても、喜屋武が敗北することはない。何度でも小林に挑戦する為に、新たな殺人トリックを考えてくるだろう。

 これでは何度倒しても起き上がってくる、無敵のゾンビを相手にしているようなものだ。


「……小林先輩、喜屋武さんを止めることはできないのでしょうか?」


「無理だな。喜屋武が事件を作ることを止めるとすれば、ネタ切れになってトリックを思いつけなくなったときくらいのものだろう。それか、あるいは……」

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