第33話

「ついてこい」


 小林こばやしにそう言われ、ふみ喜屋武きゃんは小林の後を追って旧校舎へと入っていく。


「声ちゃん先輩、こんなところに連れてきて何をするつもりなんですか~?」


「決まっている。お前が使ったトリックの再現だ」


「……ヘェ~」


 薄暗い廊下を小林を先頭にして、一行は真っ直ぐ進んでいく。

 つい昨日死体を見つけたばかりの場所である。遠くから小さくブラスバンド部の演奏が聞こえるが、ふみ香は異界に迷い込んだような気分だった。

 すると、小林が突然ピタリと歩くのを止めた。


「……どうしたんですか?」


 ふみ香は疑問に思いながら、教室のドアの窓から中を覗いてみる。


 そこには、頭から血を流して倒れている白旗しらはたの姿があった。


「……そ、そんな!? 白旗先輩!? いやあああああああああああああああああああああああああッ!!」


 悲鳴を上げるふみ香を横目に、小林は平然と教室のドアを開ける。


 ――すると、どうしたことか。

 血を流して倒れていた筈の白旗が、教室の中で刑事二人と優雅にティータイムと洒落込んでいるではないか。


「よォ、遅かったな小林」


「……白旗先輩!? って、なななななな、何でェ!?」

 ふみ香は驚きのあまり、安心するより混乱で目が回ってしまう。


 ――ドアの窓から見えたあの光景は一体何だったのか?


「仕掛けとしては簡単だ。美里みさとがさっき見たのは、事前に白旗に協力して貰って撮影した映像だ」


 白旗がふみ香に向かってピースサインを送る。


「…………」

 まさか、そんな単純な手に引っかかっていたとは。ふみ香は自分の取り乱しようを思い出し、赤面する。


「つまり、実際には一階の教室に死体はなかった。死体は最初からずっと二階の生物室から動いていなかったのだ」


「……でも、一階の教室は密室だった筈です。死体がなかったとしても、犯人はどうやって密室から脱出したのですか?」


「ふん、こんなものは密室のうちに入らない。この旧校舎はもう使われていない廃墟だ。多少壊したところですぐには気付かれないし、、普通はそんなことをする人間はいないと考える」


「……そんな」


 それは窓から見えた光景がタブレットの画像だったことより、ある意味衝撃的な真相だった。


「手順としてはこうだ。まずは一階の教室の死体の映像を撮影する必要がある。被害者の千秋ちあき英寿ひでとしは映画部の部員だ。事前に旧校舎で映画のワンシーンを撮影したいとでも言えば、放課後の同じ時間帯に死体の役をやって一階の教室で撮影させてくれただろう。二階から人体模型を運び込んだ後、一階の教室のドア窓にタブレットを貼り付け、内側から鍵を掛けることで、外から映像が見えるようにしておく。そして喜屋武は窓ガラスを割って、教室から脱出。後日、夜中にでも旧校舎に忍び込んでガラスを修繕しておけば、密室の完成だ。そして事件当日の昼休み、再び千秋を旧校舎へ呼び出し、今度は生物室に連れてきて殺害する。そこから先は美里たちが経験した通り。美里と白旗が二階に行ったタイミングでタブレットを回収すれば、瞬間移動死体のできあがりだ」


「…………!?」


 ふみ香は喜屋武の計画に圧倒されていた。何と言うことだ。

 喜屋武は時計ヶ丘高校へ転校してくるずっと前から、この殺人を計画していたのだ。


「これで瞬間移動のトリックは全て説明できた。喜屋武、何か反論があれば聞くが?」


「……いや~、お見事。流石は声ちゃん先輩。完璧な推理でした」


 喜屋武はにこやかに小林に拍手を送っていた。

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