第11話

 昼休み開始と同時に、ふみはクラスメイトの油井ゆい愛緒まなおとじゃんけんをしていた。

 どっちが社会科室まで次の授業で使う資料を取りに行くかを決める為である。地理を担当している教師の普津沢ふつざわ人志ひとしから頼まれていた仕事だった。


 先週、社会科室に行ったばかりに殺人事件の容疑者にされてしまったふみ香としては拒否したかったのだが、油井は「そう何度も学校で殺人事件があってたまるもんですか」と言って取り合ってくれなかった。もう三回も起きているのだが……。

 じゃんけんはふみ香の負けだった。


 ふみ香が渋々社会科室のドアを開けると、そこには二つの眼窩がんかに深々と蝋燭ろうそくが突き立てられた普津沢人志の死体があった。しかも、蝋燭の先には小さく火が灯っている。


 生前は冷淡な性格だった普津沢には、全く似合わない最期だった。


 普津沢の死体はパイプ椅子に座らされており、針金で無理矢理姿勢良く固定されていた。目から10センチ程飛び出た蝋燭の先からは、ポタポタと涙のように透明な蝋が落ちている。


「……!?」


 それだけでも充分怖ろしい光景なのだが、普津沢が座らされている椅子の正面にある白い机の上、蝋が垂れ落ちる先には、お経のような文字がビッシリと書かれていた。


「……ひいイィッ!?」

 ふみ香は恐怖から絶叫しようとしたが、あまりに不可解な状況に戸惑い、上手くいかなかった。


 ふみ香は慌てて教室を飛び出し、ドアを閉める。しかし、今見たものが脳裏に焼き付いて離れない。

 社会科室の中にいた普津沢は明らかに死んでいた。両目に蝋燭が突き刺さっているのに微動だにしない人間など、死体くらいのものである。


 ――そう、これは紛れもない殺人事件なのだ。


 ふみ香はスマホを取り出し、震える指で白旗しらはたに電話をかける。


「白旗先輩、今すぐ西校舎三階の社会科室に来てください!! 死体ですッ!! 殺人事件ですッ!!」


「何やと!? おっしゃわかった、すぐそっちに向かうわ。美里みさと、それまで誰も死体に近づかせんなよ!!」


 通話を切り、白旗を待つ間もふみ香は心臓の鼓動が鳴りっぱなしだった。掌はじっとりと汗ばんでいる。


 ――今見たものは本当に現実だったのか?

 ――夢か幻だったのではないか?


 あまりにも現実離れした光景だった為、ふみ香はだんだん自信がなくなってくる。しかし、自分一人でもう一度あの死体と対面する勇気はどうしても沸いてこない。


「待たせたな、美里!!」


 電話してから五分後、ドアの前で坐り込むふみ香の前に白旗が息を切らしてやって来る。


「ほんで誰が殺されたんや?」


「……一年の地理を教えている普津沢先生です」


「教師か。知らん奴やな。ところで何で外におるんや?」


「……兎に角、中を見てください。説明するよりその方が早いですから」


「……ま、それもそやな」


 白旗はそっとドアを開けて教室の中の様子を見る。


「……な、な、なんやこれはッ!?」

 流石の白旗も驚いたようだ。死体の前で腰を抜かしている。


「……蝋燭が目ェに突き刺さっとるッ!? それに、椅子に針金で縛り付けられとるやと!? 何かの儀式? 否、か!?」


「……見立てって?」


「見立て殺人ゆうて、伝説やら物語に見立てて死体や事件現場を装飾することや。童謡に見立てた場合は、童謡殺人と呼ぶ場合もある。何にせよ、殺人だけやない死体損壊の罪も犯しとる、異常者の犯行や」


「……それじゃあ、この異様な現場も何かの見立てということですか?」


「……多分な。これが何の見立てなんかはまだわからんけど、見立て殺人は大抵連続殺人に発展すると相場が決まっとる。早いとこ謎を解いて、次に狙われる被害者を特定せなアカン」


 白旗はそう言って、遠巻きにおっかなびっくり死体を観察している。


「……目ェに火のついた蝋燭が燃える瞳の見立てやとすると、体中に巻き付けて椅子に縛り付けとる針金は大リーグボール養成ギプスの見立ての可能性もあるな。つまりこれは『巨人の星』のほし飛雄馬ひゅうまっちゅうことになるけど…………」


「えッ!?」


 白旗がブツブツ何かを呟いている隣で、ふみ香は信じられないものを見つけた。


「……う、嘘!? 何でッ!?」


 死体の正面にある机の上には次のような文字が記されていた。


     

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