第10話

 文化祭の後、意外なことに白旗しらはたが将棋部に入部してきた。

 将棋部は規定人数を満たしていない、弱小部である。どんなに奇人変人であっても、入部してくれるというだけで部員たちは大喜びで歓迎した。


「……白旗先輩って前の学校で将棋やってたんですか?」

 ふみが将棋盤を挟んで白旗の正面に座って尋ねる。


 その日は六角ろっかくたち先輩らは皆用事があったようで、部室にはふみ香と白旗の二人きりだった。


「いんや、駒の動かし方が何とかわかる程度や。別に強くはないから、あんまり期待せんといてくれや」


「……じゃあどうして将棋部に入部したんですか?」


「お前に少々興味があってな」


「……え?」

 ふみ香は驚きのあまり石のように固まってしまう。


「……あ、勘違いすなよ。別にお前のこと口説いてるわけちゃうからな!! 嘘ちゃうで、ホンマに違うからなッ!!」

 白旗はみるみる赤くなって、焦ったように言い募る。つられてふみ香まで赤くなってしまった。


「……なァ美里みさと、この学校、幾ら何でも殺人事件が起きすぎやと思わんか? 僅か一ヶ月の間に三件も殺人事件があるとか尋常やないで」


「……確かにそうですね。去年の夏にも一件、小林こばやし先輩が解決した殺人事件があったそうですけど、去年はそれ一件だけだって聞いてますし」


「年に一回でも充分多いけどな。けど、俺は時計ヶ丘高校で起こる殺人事件には一つ法則があることに気が付いた」


「……法則?」



「……そ、そんな、言いがかりですよ!!」

 ふみ香は慌てて両手を振って否定する。


「確かに最初の『首吊り殺人事件』は同じ将棋部の先輩が殺されて、二つ目の『音楽室殺人事件』は同じクラスの生徒が殺されました。けど、先日の『石膏像せっこうぞう殺人事件』で殺された被害者の方とは全く面識がありませんよ。あの事件の犯人にしたって、名前すら知らない人でしたし……」


「せやけどお前、昼休みに美術室のある西校舎三階におったってことで、容疑者の一人にちゃんと入っとったやないか」


「偶然ですよ、偶然。先生から社会科室にある資料を持ってくるように頼まれたから、偶々たまたまそこにいただけです」


「ま、偶々やとしてや。それでもお前には殺人事件を引き寄せる何かがあるように思えてならんのや」

 白旗は目を細めてじっとふみ香を見つめている。


「……や、やめてくださいよ。私は本当に事件と何も関係がないんですから」


「スマンスマン。けど、験担げんかつぎくらいの意味はあるやろ。次、もしまた殺人事件に遭遇したときは一番に俺に知らせてくれ。小林より先にやぞ。アイツが如何に探偵として優秀やろうと、先に事件の謎を解いてしまえば俺の勝ちやからな。先手必勝や」


「…………」


 ふみ香としては、もう二度と殺人事件と関わりになんてなりたくないというのが本音だった。

 しかし好むと好まざるとに関わらず、ふみ香はこれまでに三度も殺人事件に遭遇してしまっている。今更拒否しようとしても無駄なことはわかりきっている。


「……白旗先輩はどうしてそこまで小林先輩にこだわるのですか?」

 ふみ香は白旗に素朴な疑問をぶつけてみる。


 小林こえ。殺人事件を何度も解決に導いたことのある名探偵の少女だ。白旗は毎回、小林に張り合う形で事件に関わっている。


「……実は俺も大阪では少しは名の知れた高校生探偵やってんけど、あるとき新聞で知ってしもたんや。横浜に凄腕の女子高生探偵がおるってことをな。最初は何とも思わんかった。俺も自分の実力にそこそこ自信あったしな。せやけど小林の解決した事件を見ていくうちに、俺のプライドは脆くも崩れ落ちていった。それと同時に、小林に対して憧れのような気持ちが芽生えとったんや」


「……憧れ、ですか」


「……あ、そういう意味ちゃうからな!! 勘違いすなよ!! 憧れ言うてもそれは目標の人とかライヴァルちゅう意味であってやな、そりゃ確かに新聞で写真見たときはちっちゃくてカワエエ子やなァとは思ったけど……ってお前このこと絶対小林に言うなよッ!!」

 白旗が顔を真っ赤にして捲したてる。


「……オホン。とは言え、負けてやるつもりは毛頭ないで。あれから俺も猛特訓して、小林に対抗できる力を身につけたさかいな。どんな謎でもどんと来いや」


「……ちなみにどんな特訓を?」


「毎日本格ミステリを10冊読むという血の滲むような特訓や」

 白旗はそう言って快活に笑う。


「……あの、思ったんですけど、白旗先輩って話してみたら案外普通なんですね」


「……だ、誰が普通じゃい!! 浪速なにわのエルキュール・ポアロ舐めとったらいてまうぞ!!」


 ――そして一週間後、白旗の予言通り、ふみ香はまたしても殺人事件に遭遇することになる。

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