第12話

 ふみは信じられない気持ちで、白い机の上に書かれた文字を見つめていた。


 ――美里みさとふみ香に殺された?


 何だこれは?

 最初にふみ香が死体を発見したとき、こんな文字はなかった筈だ。ふみ香が死体を見つけて、白旗しらはたが来るまでの五分間の間に文字が変わった?


 ――でも、どうして?


「……何やこれは!?」

 白旗も机の上の文字に気が付いたようで困惑している様子だ。


「まさか美里、お前……」

 白旗が驚愕の表情を浮かべている。


「そんなわけないでしょう!! 大体、もし私が犯人だったらこんな文字を放置しておくわけないじゃないですか!!」


「……まァそれもそやな」


「それに、私が最初に死体を発見したときにはこんな文字はありませんでした。何だかよくわからない、お経のような文字が並んでいた筈です」


「……うーん」

 白旗は箒のように逆立った髪を指で弄りながら考え込んでいる。


「……お前の言うことがホンマやとすると、犯人は短い間に机に書かれた文字を書き換えたっちゅうことになる。せやけど、お前は社会科室のドアの前でずっと現場を保存しとった筈や。窓も内側からちゃんと施錠されとる。もし犯人が教室の中に隠れとったとしても、ここから脱出する方法はないで」


 白旗の言う通りだ。社会科室はだった。犯人がふみ香に罪をなすりつける為にダイイングメッセージを捏造したのだとしたら、現場から脱出する方法がない。


「他に考えられるとしたら、美里が社会科室に来た時点では普津沢はまだ生きとって、お前が外に出た後に文字を書き換えた、っちゅうことになるが」


「ちょっと待ってくださいよ、それじゃあ私が普津沢先生を殺したこと前提じゃないですか!! そもそも、両目に蝋燭ろうそくが刺さっているのに微動だにしなかった人が生きてるとか無理があります!!」

 ふみ香が声を張って抗議する。


「……何やねん、人の推理に文句ばっかつけよって。せやったら、この状況にどないな説明つけんねん?」 


「……ううッ」


 確かにその通りだ。

 この状況で警察が捜査したとしても、ふみ香は同様に疑われるだろう。

 机の上に残された嘘のダイイングメッセージ。こんな単純な手が、ここまで犯人の有利に働くとは……。


「かくなる上は……」

 ふみ香は小林声のスマホに電話をかける。


     〇 〇 〇


「……なるほど。事情は大体把握した」


 受話器越しに小林の冷静な声を聞いて、ふみ香は少しだけ安心する。


「犯人を捜す前に、まずは文字が変わった謎を解いて美里の潔白を証明する必要がありそうだな。とはいっても、トリックの見当はもう既についてはいるが」


「……本当ですか!?」


「ああ。ポイントになるのは、犯人が何故妙な見立て殺人を行ったのか? それを考えれば、自ずとトリックも見えてくる」


「……あの見立て殺人が文字の変化と関係あるんですか?」


「あれはほし飛雄馬ひゅうまの見立てやないんか!?」

 白旗が愕然とした表情で叫ぶ。


「トリックを暴くのに少し準備がいる。サッカー部の知人を捕まえてからそっちに向かうから、あと十五分だけ待っていてくれないか」


「……そりゃ待てと言われれば何時までも待ちますけど、準備って? それにサッカー部って?」


「ふふ、それは後のお楽しみだ」

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