三の三
新次郎は数カ月の間、じっと耐えた。
じっと耐えて時期を待った、ということもあったが、佐保の探索をあきらめたと馬崎家老に思わせるのにも効果はあっただろう。しかしその間新次郎の頭の中では、犬沢村のおまちの棺が厳重に封をされていたことと、同時期になくなった馬崎家老の娘の死と関係があるのかないのか、そのふたつの事柄が佐保の出奔とつながりがあるのか、馬崎家老みずからが圧力をかけてくるほどの事情が内在しているのか、そんな思案が答えにたどりつかぬまま、たえず頭の中でぐるぐると輪を描くように回転していた。
そうしてその日、長い沈黙を断ち切るように新次郎は動いた。
詰めの間の前の廊下で村井という三つ年長の先輩がひとりでいるのをみかけると、新次郎はさっと近づき、
「村井さん、少しいいですか」
「なんだ、金森か」
村井はちょっと驚いたようだった。普段ろくに世間話すらもしたことがない後輩が突如話しかけてくれば、そうもなろう。
「参勤のご準備は進んでいらっしゃいますか」
「なんだ、金森も土産の催促か。まあ聞いてやらんこともない。餞別の多寡によるがな」
「代わってくれませんか」
「なにを?」
「参勤を」
「馬鹿を申せ。もう出立までひと月切っておるのだぞ。いまさら辞退できるわけがなかろう」
「そこをなんとか」
「なぜじゃ、なぜそこまで江戸に行きたがる?」
「わけは訊かんでください」
「わけも聞かされんのにゆずれるものか」
村井は気色ばんで言ったが、新次郎はせいいぱいひたむきな目を作って、村井の目をじっとみつめた。
「お、俺に恥をかけと言うのか、金森」
「足をくじいたとか、風邪をひいたとか、いくらでも理由はこじつけられるでしょう」
「無理な話だということは、説明するまでもあるまい、あきらめろ」
「どうせ私も、何年か後に参勤に加わることになるんです。その時ゆずりますから、どうか、今回は私に」
「しかしな、俺は道中計だ。詰切で江戸に留まるわけじゃあないから、いようがいまいがどうでもいいような役回りだ。おぬしでなくとも、代わりなんぞ用意してくれんかもしれんぞ」
「そこをうまく推薦していただければ」
うう、と村井がうなった。
「ゆずるとして、見返りは?」
「土産代はすべて私が持ちますし、村井さんが貰った餞別は、全部ふところに入れてかまいませんよ」もう一押しだな、と新次郎は内心ほくそえんだ。「非番もゆずります、三回、いや五回」
「ううむ……、そこまで言うのならしかたがない。恩に着ろよ」
そして二日後には、組頭から正式に参勤の御供に加えるむねの通達があった。
こうなれば、もう大丈夫だ、と新次郎は胸をなでおろした。
今度の参勤の責任者は、馬崎家老と犬猿の仲の堀家老だ。筆頭家老である馬崎家老であっても、そう簡単に横槍は入れられまい。それに、参勤交代という公的な役目であれば、道中で刺客に襲わせるなどという物騒はこともできまい。
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