第4話

 異世界にひとり残された俺は前の世界をモチーフにしたという家の探索をする事にした。


 辺りを見回すと木でできたテーブル、椅子、棚と家具は揃っていたが流石に電化製品は見当たらなかった。


(流石に電化製品は無いか……電気もないだろうし当たり前か)


 灯りはロウソクが置かれている。


 最初はもちろん気になっていた台所の方へ無意識に足が移動する。


 台所には一度も使われていない釜戸があり、棚には鍋に白い無地の食器類が並んでいる。


 石でできたシンクには蛇口があり、捻ると水が出てきた。


 無意識に頬が弛む。


(キッチン完璧じゃん! 料理が好きな俺にはこれが1番嬉しいな……お! 食料もあるぞ! この世界の食材かな? 見たことないものだけど後で色々味を調べてみよう!)


 台所から移動して寝室に来ると10畳くらいの広さに布団が真ん中に置かれていた。


 部屋を見回すと『おおー』と高い声を上げた。


(なんだろ、一軒家に住んだ事が無かったから大きい部屋に布団1つ、なんて贅沢な間取りなんだと思ってしまう……でも開放感があってよく眠れそうだ)


 布団の上に子供のようにダイブするとボフ!と音を立てて布団に埋まった。


(ああ、柔らかい……)




 そして次に来た風呂場の鏡を見た時だった、驚くほどに綺麗な少女が俺を見ていた。


 少し青みがかった大きな瞳に長いまつ毛、ホクロひとつない綺麗な白い肌、髪の毛はサラサラの淡い金髪は腰まで伸びていた。


 年齢でいうと16、7歳位の女子高生でその顔はいつまでも見ていられるほどに美しかった。


 怒った顔、困った顔、笑った顔、悲しい顔をしてみる。


 どれも最高に可愛いかった。


(もし彼女だったらなんでもしてしまいそうだ……)


 鏡の中の美少女は、はぁーとため息をつく。


(綺麗なのは嬉しいんだけど……性別が変わると意味が違ってくるよな……)


 料理に人生を捧げているとはいえ心の中では高3になっても恋愛をせずに青春を過ごしていた事に少なからず後悔があった。


 そのせいでブレイズファンタジーにハマったのかも知れないと今思えばそんな気がする。心の奥では色んな女の子に囲まれている主人公になりたかったんだ。


 その願望が女神に言ったあの願いだったのかもしれない。


『あー‼︎ もうあーだこーだ考えてもしょうがない! ……夕食作ろ』


 複雑な気持ちを切り替えようと好きな料理を作る為キッチンに戻って来ると早速食材の味を調べ始めた。


 葉の束を掴み手際よく切って食べてみる。


『あ、これキャベツの味だ! お! こっちはトマトだ!」


 他にもジャガイモなど知っている味に似た物が多く調味料も塩と砂糖と胡椒のようなものがあった。


(これなら前の世界の料理が出来るかも!)


 何の肉か分からないものとキャベツに似た野菜を塩胡椒で炒めジャガイモの味がした芋を茹でて塩をかける。


 それを早速食べてみると頬が緩んだ。


(美味しい……肉も柔らかくて豚肉に似た味だ)


 お腹も膨れ風呂場に行くと湯船があり外には風呂釜が設置されていた。


(これで温めるのか……)


 湯船に水を出さなきゃと思い蛇口を捻ると水が勢いよく出てくる。

 

 水が溜まるまで薪に火を付け待っているとようやく暖かい湯船が完成した。


 服を脱いで鏡の前に立つとそこには全裸の美少女が佇んでいた。しばらくそのまま見入ってしまうが寒さで体が震え出したので風呂に入った。


 湯船に浸かり体が温まってくると女の子になった自分の体を調べ始めた。


(感覚的にみて身長は160cm台かな? 脚も長いし出るとこは出てるし綺麗な体だ……流石女神様! 俺がお願いした通りだったな性別以外は満足満足!)


『にしても女の子の体って柔らかいなぁ』


 腕や足、お腹を触って感触を確かめながらそう呟いていた。

 

『それに胸も結構あるんだよなぁ』


 胸を触っているとちょっと変な気分になりそうで自分の体なのに何故か罪悪感を抱いてきたのでやめて湯船から出る。


(自分の体だけど恥ずかしくなるな、まだまだ当分慣れそうにないや)


 温かくなった体が冷めないうちに布団に入ると今後について考えることにした。


(いきなり街とかに行っても大変そうだから暫くここでマナの訓練とこの森を調査しようかな、どんな食材があるか分からないし)


 そう考えている途中で意識が薄れいつの間にか眠りに落ちていた。



 次の日から俺はマナを使う練習を始めた。


 基本はマナを生み出してそれを火・水・土などイメージできれば何にでも変化する事ができる様だ。


 後は加減するだけなのだがこれが難しい、何回も試す内にある程度は調整できるようになってきたがまだまだ奥が深く試すのが楽しくなってくる。


 研究熱心な俺はマナの別の使い方を模索していた。


 マナは生き物の様だイメージすれば色々な形に変化できたりするし全身にマナを纏える様にもなっていた。


 マナを全身に纏うと身体能力が上がるようで信じられない動きができる。


 それは十メートルくらいジャンプ出来たり、ダッシュすると3倍くらいの速さで走れるのだ。


 そうして試行錯誤を繰り返し練習を重ねていった。


 森の中の探索も始めたがある日魔物と呼ばれる生き物に出会った。


 それはドスンドスンと音を立てながら歩いていた。


 大きく3メールはあるゴリラの様な姿をしているが目は赤く殺気に満ちているようだった。


 まだ魔物は俺に気付いていない様で木に隠れてそっと魔物を見て戦慄していた。


(これが魔物か……恐ろしい。こんなのがこの世界には溢れているのか……この世界のことはまだ分からないけどこんなのが沢山押し寄せてきたら村なんかひとたまりもないんじゃ……)


 そう考えると恐怖が襲い少し足がすくんだ。


 気付かれない様に逃げると止めていた息をはぁーと大きく出した。


 まだ少しドキドキと心臓が鳴っている。


『あー怖かった! いきなりあれはダメでしょ? あれはラストダンジョンに出てくる奴だなきっと』


 少し緊張も解れた所で軽口を叩くと探索を再開した。


 魔物との戦闘がこの世界を生きていく上で必要なのは分かっていた。


(いきなりオークとかベヒーモスじゃなくて普通スライムとかゴブリン的なやつからだよなー。今度森で戦えそうな奴を見つけなきゃな)


 RPGの鉄則を当たり前のように思っていたが現実は甘くなかった。



 この世界に来て10日が経ち、とうとう魔物と戦う覚悟を決めて外へ出た。


 警戒しながら歩いているとイノシシの様な魔物を見つけた。


(大きさは2メートルくらいか、戦ってみよう!)


 マナを全身に纏い少し震える足で魔物に対峙した。


 魔物は俺に気づくと唸り始めた。襲う気満々な状態に俺は身構えた。


「ガァァー!!」


 大きな声を発して地面を揺らし俺に向かって一直線に突っ込んでくるとあまりの速さに避けることが出来なかった。


 ドン‼︎


『くっ⁉︎』


 魔物の体当たりは俺の右腕に衝撃を与えた。


 その魔物の大きさや走ってくる速さでかなりのダメージを覚悟したのだが……。


『ぐぅ! ……あれ?』


 あまりの軽い衝撃に呆気に取られた俺はやっと自分の強さに気付いた。


(あんまり痛くないぞ? もしかして俺って強い?)


 少し安心して余裕ができると今受けた攻撃を冷静に振り返る。

 

(あんな勢いで突撃されたら普通吹っ飛ばされて木に激突とかだよな……これがマナの身体強化か)


『よーし! これでもくらえ!』


 俺の右手から放たれた炎に魔物が覆われる。


「グガァー‼︎」


 炎に包まれ暴れ回った後やがて魔物は動かなくなり沈黙したのを確認した俺は

拳をぎゅっと握り『よっしゃ! 初勝利!』と声と共に手を振り上げた。


 初戦闘は緊張したが思ったより苦戦しなかったので肩透かしだった。



 そしてこの家に滞在してから20回目の朝を迎えた。


 魔物との戦闘もマナの訓練もある程度慣れてきた頃いつもの通り森を探索していると奥の方で洞窟を見つけた。


 入口には扉があり真ん中の水晶に触れるが何も起きない。


 試しにマナを送り込んだら扉は少しずつ開いていった。


 中から冷たい空気が流れ僅かだが魔物の唸り声が聞こえると腕を組んでどうしようか考えた。


(どうしよう……マナの訓練も魔物との戦闘もしているしある程度は対処できるはず!)


『まあ、危なくなったら逃げればいいか……』


 あくまで様子見と自分に言い聞かせて恐る恐る中に入って行った。


 すると入ったタイミングを見計らったかのように扉はバン‼︎ と勢いよく閉まってしまった。


『くっ……開かない!』


 扉は固く閉ざされ何をしようと動く事はなかった。


『これはマズイのでは?』


 血の気がサーッと引くと不安がよぎる。


『……もう後戻りはできない』


 覚悟を決めると暗い洞窟の中に足を踏み入れた。



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