frog lady 3
――げこ、げこ。
オレはカエルを見た。
それはカエデではなく、紛うことなきカエルだ。直立する緑のカエル。
見た目も、声も。
「げー、げー、げこっ」
カエルはさらに口をパクパクさせる。
「げこげこ、げこっ、げっ、げっ」
カエルのノドの皮がうごいて、ゲップの上位置換みたいな艶のある音が出る。
カエルはひたすらこっちを見てげこげこ鳴いている。
そのあまりの間抜けな声に拍子抜けして、オレは口をぽかんと開けていた。
繰り返されるカエルの独唱が右耳から入って左耳に流れていく。
冷えた体の中が安堵でじんわりと温かくなり、無意識に強張っていた全身の筋肉が解けていった。
次第にオレの脳みそは冷静さを取り戻し、ようやく目の前にいるのはただのカエルだと認識することができた。
これは人じゃない、カエルだ。
二足歩行のカエルに絡まれるなんて、シュールもここまでくればホラーだ。
緑の傘が葉っぱに見えてきて、今になって笑いが込み上げてくる。
カエルはなんども瞬きしながら、潤んだ目でオレを見つめる。
鳴き声は次第にか細くなり、しかし鳴くのをやめない。
なにかを訴えているのか?
それともからかっているのか?
オレを笑っているのか?あの合唱団みたいに。
馬鹿馬鹿しい、ただのカエルだろ?
お上品に傘なんかさしているんじゃねえよ。
雨の粒が大きくなってきた。
ポロシャツが濡れて変色していく。
「ふざけんなよ」
言葉と裏腹にオレは笑ったままだった。
野生動物にとって笑顔とは本来威嚇行為だと、なにかの動画で見たことがある。
じゃあ蛙が鳴くのはなんのためだ?
感情もわからない、言葉も話せない、二足歩行できるだけのカエルなんて、キモいだけだ。
つき合ってられるか、井中じゃあるまいし。
「キショいんだよ。まじ時間の無駄だわ」
オレが喋った言葉が理解できないのか、カエルが口をぽかんと開けて、オレに向けて細い腕を伸ばしてきた。
吸盤つきの手のひらが迫ってくるのがたまらなく気持ち悪い。
触るもの嫌なので大きく体を捻って振り払うと、ぬるっとした感触があったのかなかったのかわからない程度でカエルはよろめき、地面に伏せる。
不自然に伸びていた後ろ足が折りたたまれてボディに収納され、よく見るカエルの形におさまった。
緑の表皮が雨粒に晒されて鮮やかさを取り戻す。
ああ、そうそう。それでこそカエルだ。
投げ出された傘がひどく滑稽だった。
オレはカエルを見下ろして、はっきりと言ってやった。
「きもちわりぃからもう近寄んな」
雨のせいか、カエルの目から滴がこぼれたような気がした。
―二日後、オレのスマホに知らない番号から着信があった。
イタズラ電話だと思い放置していたが、三回目でSMSが届いた。
それはカエデのお母さんだった。
それは、カエデが死んだという連絡だった。
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