toad man 4

 ――深夜の道をオレはひとり自転車を押しながら歩いた。

 夜のネオンがきらめく繁華街を抜けたほうが早いのだが、そんな気分にはならなかった。

 オレの頭はでいっぱいだったからだ。


 いや。

 いやいやいや。待て待て。

 だってカエデは毎日ピルを飲んでいた。

 なんていう薬かは知らないが、とにかく毎日常備薬のように飲んでた。

 それでカンペキなんじゃないのか?

 万が一そうなっていたら、どうなるんだ?

 責任取らなきゃいけないのか、オレが?

 ……責任って結婚?

 いやいやいや。無理無理無理。

 そもそも、オレだと決まったわけじゃない。

 カエデが浮気した可能性だってある。

 そうだ、残業とか言っていたけど、あれ嘘なんじゃないか?

 親じゃなくて別の男を泊めていたんじゃないか?


 社宅に着いてもオレは落ち着かなかった。

 虚しいシミのついたズボンや下着を脱ぎ捨て、バスルームへ向かう。

 オレはボディーソープで髪と体を一緒に洗うのだが、今日に限ってうまく泡立たず、ポンプを何度も押しては、髪や肌にヌメヌメとしたジェルを塗りたくるだけだった。

 水垢のひどい曇った鏡に写る醜い裸の男。

 ニキビだらけの顔、だらしなく脂肪のついた腹。ところどころ白い泡のなり損ないが滴っている。

 オレだ。

 なんてことをしてくれたんだ、オレの体。


「くそっ」


 水圧の強いシャワーで頭から一気に洗い流す。

 オレは水の音に紛れて叫んだ。


 シャワーから出ると、スマホの通知ランプが点滅していた。


『さっきはごめんね。少し休むね。おやすみなさい』


 やはりカエデからだったが、その内容はオレの恐れていたものではなかった。

 いつも通りの優しいカエデだ。

 それなのに、返信を打ち込む指が心なしか震えている。

 心臓がバクバクいっているのは熱いシャワーを浴びたからだ、そうに決まってる。


「オレこそ、体調悪いのに無理させてごめん。お大事に」

『ありがとう』


 すぐに既読が付き、おやすみのスタンプがきた。

 オレはスタンプを返さなかった。



 ――次の日からオレはカエデの家に行くのをやめた。


 職場と社宅の往復、直行直帰。健全な生活だ。

 カエデからなにも連絡がないことにオレは安心していた。

 このまま忘れてしまいたい。


 そうだ、いっそリョーコと付き合うか?

 とはいっても、夜勤のシフト時間が変更になったようで、井中とはあの日以来会っていない。

 なにより、やつに別れた理由をきかれて爆笑されるのなんてまっぴらごめんだ。


 男というのは馬鹿な生き物で、翌日にはオレはネットでエッチな動画を漁っていた。

 冬眠中のカエルよろしく頭から布団にくるまって、四つん這いになる。

 しかしあの日のカエデの姿が目に浮かんでいつも中断した。



 そして一週間が過ぎた頃、とうとうカエデからメッセージが来た。

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