3-2 暴かれる嘘②
「君が脅迫状をすり替えたのは警察から疑いの目を逸らすためといったが、そもそも君にやましいことがないのなら、疑われても無視していればいいだけの話だ。私の成仏は先送りになるかもしれないが、できなくなるわけではない。君が脅迫状をすり替えたのは、警察に疑われ、逮捕され、二度と私が成仏できなくなるのを危惧したのではないか。
偽の脅迫状は言わば時間稼ぎ。私が成仏できるほんの少しの間だけ、警察の目を逸らすことができたら、それでよかったんじゃないか?」
和泉は顔を俯けた。彼女の何の色もうつしていない瞳を見るのが怖かった。
「事件当日の君の行動はこうだ。君は阿澄先生を殺した後、脅迫状の匂いに気づいた。このままでは中嶋くんが殺人犯にされるかもしれない。しかしこれがなければ、警察はすぐに自分にたどり着くかもしれない。何せ先生と最後に会っていたのは自分だから。君は生物実験室にあるプリンターを使って、脅迫状をコピーした。その後、阿澄先生の左手に指紋をつけた。先生宛の脅迫状なのに、先生の指紋がついていないのは不自然だから。そして君は実験室を後にした」
彼女は話し終えると、小さくため息をついた。
「どうして君が阿澄先生を殺したのか。動機はわからない。だけど、あの日、もしかして君は阿澄先生に襲われたんじゃないか?」
その一言に、和泉はバッと顔を上げた。
「どうしてそれを?」
何の感情もうつしていない彼女の視線とぶつかった。
「あの日、先生は椅子で殴られる前に、棚に頭をぶつけている。先生はどうして棚に頭をぶつけたのか。左手には何か巻き付けたような痕があったという望月さんの証言。そしてあの実験室にはビニール紐があった。
巻きつけた痕なんて、相当強い力が加えられないとできないだろう。そして君のそれだ」
彼女は和泉の首元を指さした。
「詰襟、ですか」
「詰襟というより、学ランだ。ここ最近は梅雨入りしたとは思えないほど日照り続き。今日は曇っているが、それでも湿気でかなり蒸し暑い。そして今は制服入れ替え期間。上から見ていたが、すでに多くの生徒が夏服を着ているようだ。
いつだったか、私が『暑くないか』と尋ねたとき、君は暑いと言いながら袖を捲った。どうして君は学ランを脱がないんだ? そっちの方が暑さをしのげるのに。
君は学ランを脱がないんじゃない。脱げないんだ。脱ぐと、首を絞められた痕が見えてしまうから」
和泉は自分の喉元に手をやった。詰襟の下にあるものをなぞるように、指を動かした。
そして諦めたように、ホックに手をかけ、ボタンも一つひとつ外した。
「だいぶ薄くなってきたんですけどね」
そして見えやすいようにシャツの一番上のボタンをはずすと、その喉元を露わにした
そこには薄っすらと、何かを巻き付けた痕が残っていた。
「バレちゃいましたか」
和泉はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら言った。
「そうです。僕が阿澄先生を殺しました」
彼女は悲痛そうな表情を浮かべて和泉に訊いた。
「どうしてそんなことを」
「だってあの人は、僕の大切な人を殺したから」
「それって、もしかして中嶋くんのお兄さんのこと?」
「いいえ」
「それじゃあ……」
和泉は鞄から、昨日望月から借りてきたアルバムを取り出した。立ち上がり、彼女のそばまで行った。そして、中嶋の兄と一緒に写っている例の写真を彼女に見せた。彼女はそれを訝しむような目で見た。
「この人が、あなたです。あなたは阿澄先生に殺されたんです。そして………」
和泉は彼女の顔をまっすぐ見据えて言った。
「あなたの名前は、和泉春乃」
その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「僕の、大切な、姉さんです」
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