2-4 ある教師の目撃談
指紋をとられた後、和泉はようやく解放された。時計を見ると、授業がもう終わろうとしている。あとでノートを溝上に見せてもらわなきゃと、至極現実的な考えが頭をよぎった。刑事に取り調べられるという非現実的な経験をしたからなのか、そうやって冷めた気持ちで現実を見ている自分が少し可笑しかった。
廊下を突き当たりまで歩き、角を曲がろうとしたとき、誰かと危うくぶつかりそうになった。
「おっと、失礼」
声の主の顔を見ると、三年の生物を教えている林先生だった。林はよれよれの白衣に、しわの多いシャツ、曲がったネクタイと、清潔感のかけらもない恰好をしている。見るからに「冴えない教師」というかんじだ。林は鼻からずり落ちたハーフリムの眼鏡を押し上げなら言った。
「あれ? 君、もしかして、一年の和泉くん?」
「そうですけど」
相手が和泉とわかるなり、林は急に距離を詰めてきた。
「聞いたよ。君、あの日、放課後に阿澄先生と会ってたんだってねぇ。今、警察に問い詰められてきたところ? 君も災難だったねぇ」
林は語尾を伸ばした特徴的な話し方で、ズカズカとあの日のことについて首を突っ込んできた。
「実は僕、見ちゃったんだよねぇ」
和泉はその言葉にドキリとした。
「見たって、何をですか?」
林から少し距離をとるように、一歩下がった。
「阿澄先生が脅迫状を受け取ったところ。受け取ったと言っても、机の上に置いてあったんだけどねぇ」
「あぁ、警察の方が先生の遺体の近くから脅迫状を押収したって言ってましたね」
和泉は先ほど見せられた四つ折りの紙を思い出した。
「そう、それ。僕、理科教員準備室で阿澄先生の隣なんだけどね。二週間くらい前にさ、朝、準備室にいたら、阿澄先生が入ってきてさ。机の上の紙を見るなり、『誰かここに来ましたか』ってすごい剣幕で訊いてきてさ。僕、びっくりしちゃってさ~。ほら、阿澄先生ってさ、言っちゃ悪いけど目つき悪いじゃない?」
「それで、誰か先生の机にいたんですか」
和泉は先を促した。
「いや、そのとき、僕も準備室に来たばっかだったからさ、誰も見てないって言ったんだ。そしたら先生、『そうですか』って言ってその紙を手帳に仕舞ってさ~。あれ、今思えば脅迫状だったんじゃないかなぁ」
金曜日、和泉が見た脅迫状も手帳に挟まれていた。おそらく、林の見たそれも脅迫状で間違いないだろう。
「先生はそこに何が書かれてあったのか、見たんですか?」
「それがよく見えなかったんだよねぇ。気になったけど、何も聞けなくてさ~。阿澄先生ってなんか怖いじゃん?」
どうやらこの教師も、阿澄にはあまりいいイメージを抱いていないようだ。
林とは早々に別れた。その直後、ずっと録画を回しっぱなしにしていたことに気づいた。先ほどの林との会話も全部録画されている。すっかり熱くなってしまったスマホを今度はズボンのポケットに入れ、今度こそ、教室に向かった。
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