2-5 調査報告 part1

『――実験中に、僕が友だちと喋っていて、ビーカーを割ってしまったんです』


 その日の放課後、和泉はまた彼女の元へ足を運び、三好たちと話している間中、ずっと録画していた動画を見せた。

 彼女は物を持つことができないから、並んで座り、和泉がスマホを支えた。


「それにしてもよくバレなかったね。録画していること」

「バレるかもしれないって思ったんですけど、この方が後であなたにこの時の様子を話しやすいかなって」

「ナイス判断だね。ありがとう」


 動画は脅迫状のくだりまで再生された。


「左手の指紋………」

 脅迫状からは阿澄の左手の指紋と、もう一名の指紋が採取された。もう一名は和泉のものだ。

「脅迫状は折りたたんで、手帳に挟んであったんだよね」

「ええ」


 動画にもあるが、脅迫状には四つ折りにした後がくっきりと映っている。


「阿澄先生は、右手に手袋をしたり包帯を巻いたりしていた?」

「いえ、してませんでしたよ。少なくともここ最近は」

「そっか………。ちなみに先生はどっちの手で引ったくったんだ?」

「確か………右手だったと思います。先生は右利きでしたし」

 和泉はその時の光景と、普段の授業で阿澄が手にチョークを持っている様子を思い浮かべた。確かに右手だった。


 彼女は考え込むように顎を指でなぞった。しばらく考えたのち、「いいよ。続きをお願い」と言ったので、和泉は再び再生ボタンを押した。


 その間、彼女は喋ることなくただじっと、黙って動画に集中していた。そして、最後まで見終わると、和泉はスマホをポケットにしまった。


「阿澄先生の机に置かれていたという紙」

「やはり、それが気になりますか。脅迫状で間違いないですよね。手帳に挟んでいたというし、少なくともその紙は阿澄先生にとって誰が置いたか気になるほど、衝撃を与える内容だった」

「いや、脅迫状自体も気になるんだけど、もっと気になるのはそれが理科教員準備室の阿澄先生の机に置かれていたということ」

「それがなにか?」

「脅迫状を阿澄先生の机に置ける人間は限られている。第一に、誰にも見られてはいけない。逆に言うと、見られてもおかしくない人間なら可能だ。第二に先生の机の位置を知っておかなければならない。それができるのは」

「学校関係者か生徒の仕業だと?」

「そう。外部の人間が、阿澄先生の机に脅迫状を置きに来るのは至難の業だろう。先生の机はどこか、あらかじめ調べておかないといけない。内部の人間によるものと考えた方が自然だ。教師や生徒なら、校内をうろついていてもおかしくはないし、誰もいない時間帯を狙える」

「内部に、阿澄先生に恨みを持つ人間がいる。実際に先生を殺した人物かはわかりませんが、少なくともその人は、先生の死を望むほど強く憎んでいる」


 警察もきっと恨みの線で捜査を行うだろう。容疑者があぶり出されるのも時間の問題かもしれない。


「ところで、実際の現場を写真に撮ったりとかはできない?」

「いや、ダメですね。今日チラッと現場を見てきましたが、実験室周辺が立ち入り禁止になっていて、入られるのは当分先になりそうです」


 写真を見せられない代わりに、和泉は実験室の様子を口で説明した。前方と後方には黒板があり、縦四列、横三列で机がある。廊下側の壁には、ガラス扉の戸棚がある。後方には背の低い棚。窓側の壁には水道。前方の黒板の左手には準備室に続く扉があり、その前にはテレビやプリンター、ノートパソコンなどが置かれている。


「和泉くん。悪いんだけど第一発見者の話を聞いてきてくれないか? 発見当時、先生がどんな様子で倒れていたか、どんな状況だったか、詳しく知りたい」

「わかりました」

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