1-2 屋上の彼女②
「成仏?」
それが予想だにしなかった言葉なのか、彼女は目を見開いた。
「はい、成仏です。あなたはこの世に何か未練があって成仏できないのでしょう? 僕にその未練を断ち切らせてください。どうか、あなたが成仏できるように僕に手伝わせてくれませんか?」
彼女は和泉の真意を読み取ろうと、じっと目を見つめた。
「あなたにとって、悪い話ではないと思いますよ。僕は死んだことがないのでわかりませんが、一人でここを彷徨っているのは、ひどく寂しいことではないですか」
基本的に屋上へ来る者はいない。来たとしても、一般人には幽霊が視えない。
何もないこの場所にたった一人ぼっち。生徒の騒がしい声をそばで聞きながら、誰ひとりとして自分には気づいてくれないのだ。
「仮に君が私の成仏に協力したとして、君に一体どんなメリットがあるの?」
彼女は僕の目をじっと見つめたまま、当然の質問をした。
「メリットは………特にありません。強いて挙げるとすれば、僕の憧れの人に一歩近づけるからでしょうか。
人にも幽霊にも優しい人が、僕の近くにいたんです。その人みたいに誰かに手を差し伸べてあげられる大人になりたいんです」
「たったそれだけの理由?」
「そうですね」
彼女は少しの間、思考を巡らせるように顎に手を当てた。和泉を信用して良いのか、吟味しているようだった。無理もない。相手は取り立ててメリットもないのに、成仏を手伝うと言っているのだから。
「私には、記憶がない。自分の名前も、どうして死んだのかもわからない。生きていた時のことを何も覚えていない。わかっていることは、この学校の生徒だったということ。手がかりはそれしかない。未練の前に、私は自分のことを思い出すことから始めなければならない。時間がかかるし、きっと労力もいる。
私はここから動けない。手がかりは全部君に集めてもらわないといけない。そんな大変なことに君は付き合ってくれるの?」
彼女は和泉を試すように問いかけた。こんな大変なことに、君は本当に手伝ってくれるのかと。
「はい。問題ありません」
何のためらいもなく言う和泉に、彼女は苦笑した。
「変な人だね君は。わかった。私が成仏するのを手伝ってほしい。ただし、さっきも言ったけど、時間はかかるし、労力もいる。だから、もし私が何者かも思い出せて、未練を断ち切ることができたなら」
彼女はいったん言葉を区切り、再度、和泉をまっすぐに見つめて言った。
「君が嫌いな人間を一人、道連れにしてあげる」
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