2-9 再び美術室へ

 和泉は中嶋と別れたあと、そのまま美術室に向かった。


「美術部って、君しかいないの?」


 中に入ると、昨日の昼休みにのように、望月がキャンバスに向かっていた。


「たまたま今日はみんないないだけ! みんなスケッチしに行ったの!」


 こんな何もない学校のどこをスケッチしに行くんだろうと思ったが、声には出さずにおいた。昨日と同じように望月のそばまで行った。


「で、今日は何? まだ何か私に訊きたいことがあるんでしょ?」


 望月はキャンバスから目を離さずに言った。


「ハルノ先輩と浅香先輩、知ってる?」


 望月はピタリと手を止めた。


 浅香は中嶋の父親の姓だ。中嶋の家は彼が中学二年生のときに離婚している。離婚したのはおそらく、兄が死んだ後だ。ということは中嶋よりも浅香という名前で尋ねた方が伝わるだろう。


「どこで二人のことを聞いたの」

「知ってるんだね」


 二人の間に沈黙が流れた。やがて望月はため息をつくと、筆を置き、和泉と向かい合った。


「詳しくは知らない。でも、過去にその人たちが美術部うちにいたことは知ってる」

「知ってる範囲でいいから、教えてほしいんだ。その二人のこと」

「いいけど、どうしてそんなこと訊くの?」

「昨日も言ったけど、事件のこと調べてて。それで、事件にその二人が関係しているかもしれなくて。だから二人のことを知りたいんだ」


 望月は和泉の顔をじっと見つめた。そして、何かに気づいたようにハッとした。

「和泉くん、もしかして………。いや、いい。わかった。教えてあげる、でもちょっと待ってて」


 望月は立ち上がると、黒板の左隣にある扉から準備室の方に入っていった。しばらく待っていると、彼女が手に何かを持って出てきた。


「これ、部で撮った写真」

 彼女はアルバムの表紙を和泉に見せた。そこには「創明高校 美術部 20××年~」と書かれていた。彼女はそれをパラパラとめくりながら話し始めた。

「三年の先輩から聞いた話なんだけど、その先輩が一年のとき、同じ日に美術部員が二人も亡くなったんだって。一人は学校で。もう一人は学校近くの踏切で。踏切で亡くなったのが、その先輩と同じ学年だった浅香先輩。そして、学校で亡くなったのが、当時二年生だったハルノ先輩。二人の死に関連があるかわからないけれど、同じ時に部員が二人も亡くなって、当時はショックがすごかったって。あ、あった」

 彼女は一枚の写真を指さした。

「この人が浅香先輩で、その隣がハルノ先輩」


 その写真は、キャンバスを前に座る二人を後ろから撮っていた。二人が後ろを振り向き、カメラに気づいたその瞬間を切り取ったような写真だった。

 二人とも少しびっくりしたような表情をしている。左側に座る男子生徒、浅香は中嶋の面影があった。そして、右側に座っている女子生徒は、屋上の彼女だった。


「これで、繋がった………」

 和泉はそう声を漏らした。


「これ、夏のコンテストに向けて制作中のところを撮ったみたいだよ。この浅香先輩は一年生なのに特に絵が上手くて、部内で期待されてたんだって。結局絵は完成しなかったんだけど」


 和泉は望月からアルバムを受け取り、前のページをめくった。ところどころ、他の部員にまぎれて二人が映っていた。

 浅香の方は、カメラを向けられるたびに困ったようにはにかんでいた。対するハルノ先輩は、他の部員と楽しそうに、時折ふざけながら写っていた。


 パラパラとページを捲っていると、ある一枚の写真が和泉の目に留まった。それは、ハルノ先輩と他の部員がカメラに向かってピースしている写真だった。その後ろにたまたま浅香が写りこんでいる。ハルノ先輩を見つめる浅香の表情はただの先輩を見るそれではない。それ以上の想いを抱いているように和泉には感じられた。


 浅香先輩は、きっと彼女のことを………。


「ねぇ、このアルバム、ちょっとだけ借りてもいいかな」

「いいけど、なんで?」

「………うん。もう、終わらせようと思って」

 そう言った和泉の瞳には、寂しさと覚悟の色が混じっていた。

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