2-7 調査報告 part2

 その日の放課後、和泉は再び屋上を訪れた。とっくに梅雨入りしているというのに、ここ数日は晴天続きだ。陽が傾いているこの時間、湿気を帯びたぬるい風が屋上に流れている。


「君がここに来たってことは、第一発見者に話を聞けたということかな」

「そう思っていただいて大丈夫ですよ」

 和泉はスマホをかざしながら言った。


 もはや定位置になりつつある、彼女の隣へと腰かけた。


「また撮ってきましたから、とりあえず、これを見てください」


 和泉は美術室で録画した映像を再生した。昼休みでのやり取りが目の前で再び展開される。話は阿澄の死体の様子へ。


「右手は血まみれ、か………」

 望月の言葉を彼女は反芻する。顎に手を添え、真剣なまなざしで動画を食い入るように見つめている。それから動画が終わるまで、彼女は一言も発さなかった。


「和泉くん、話を聞いてきてくれてありがとう」

「何かわかりましたか」

「まぁ、何となく。警察と望月さんの話をまとめると、阿澄先生はまず、棚に頭をぶつけた」

「待ってください、どうして棚に頭をぶつけるのが先なんですか?」

「棚には少量の血痕が付いていたのだろう? 望月さんの話を聞くに、死体の頭部は血だらけになっていた。頭を殴打されたあとに、棚に頭をぶつけたのなら、もっとたくさんの血が付いていると思う。『少量』なんて表現はしないだろう。

 そして先生は、棚でぶつけた頭を右手で押さえた。そしてその後、右手ごと犯人に椅子で何度も殴られて、絶命した」

「先生はどうして、初めに棚で頭を打ち付けたのか、気になりますね」

「それと左手の細い痕」

 彼女は間髪入れずに言った。和泉もコクリと頷いた。


「最初に頭を棚に打ち付けた原因だけど、考えられるパターンは二つだと思う。一つは先生が足を滑らせて自ら転んだパターン。そしてもう一つが、誰かに押されて頭を打ち付けたパターン」

「誰かに押されたパターンですか」

「うん。状況的に見て、このパターンの方がありえそう。先生はその後、右手で頭を押さえて、右手ごと殴られている。この状況から察するに、先生が頭を打ち付けた後、間髪を入れずに、椅子で殴り殺されたのだと思う。となれば、先生が棚に頭を打ち付けたのも、誰かに押されてと考えた方が自然ではないか?」

「まぁ、その方がしっくりきますね。仮に先生が足を滑らせて転んだとしても、その原因は、先生を殴った犯人にありそうですね」


 彼女はコクっと頷いた。


「そして君が見たという脅迫状だけれど………」


 先生の傍らには、『お前の罪を知っている。公表されたくなければ、死を持って償うべし。』と書かれた脅迫状が落ちていた。


「君はこの文面を読んで、どう思った?」

「どうと言われましても。何もわからないというのが、本当のところですかね。先生はあまり生徒と関わろうとしなかったので、先生のことは本当によく知らないんです。それは僕だけではなく、他の生徒にも言えることで。だからこそ、色んな噂が飛び交っているんだと思います」

「なるほどね。じゃあ、死を持って償うべし、というところはどう? これについて、何か思うことはある?」

「………そうですね」


 まるで彼女に問われたことが、この世にあるどんな難問よりも難しいとでも言うように「うーん」と唸った。

「この文面を読む限り、先生は自分の命を持って償わなければならないようなことをしたのだと思います。

 でも………どんな理由があろうと、先生に何をされたとしても、それを裁くのは法であるべきです。自殺を促したり、自分で殺したりするのは、間違ってる。そんなこと、絶対にやっちゃダメです」

「そっか……。じゃあさ、自分の命を持って償わなければならないことって、例えば何?」

「………殺人、とか」


 二人の間に沈黙が流れた。


「君は、先生が殺人の過去を持っていたように思う?」

「………わかりません」


 先生は人間の解剖をしたことがある、暴力沙汰の噂がある、どれも根も葉もない噂かもしれないが、和泉にはそれを否定する材料がなかった。


「わかった、ありがとう」


 彼女は、和泉の横顔から目を離すと、再び思考にふけるように黙り込んだ。


「あの、僕、明日はちょっと来られないかもしれません」

「何か用事かい?」

「ええ、そんなところです」


 彼女は和泉の顔をしばらく眺めたのち、何か思い当たることがあるように目を細めて、にやりと笑った。


「君も隅に置けないな」

「違います。断じて。あなたが考えているようなことじゃありません!」

「私が何を考えているって言うんだ?」

「そ、それは」


 和泉は赤面して黙り込んだ。そんな様子を彼女はケラケラと笑った。

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