第二章
2-1 校内で殺人事件
週明けの月曜日。もう梅雨入りしたというのに、天気は快晴だった。駅から学校までの道のりを自転車で駆けていると、夏服を着ている創明高校の生徒をちらほら見かけた。今日から二週間は制服入れ替え期間。この期間は夏服と冬服、どちらを着ても良い。
信号待ちの間、学ランをパタパタとして、中に新鮮な空気を送り込む。しかしそれは気休めにしかすぎず、背中に感じるじっとりとした暑さはどうしようもない。
夏服を着た同じ学年の女子生徒を見ると、先日の彼女との会話を思い出す。彼女が来ている夏服の赤いラインが決め手となって、彼女の入学年がわかったのだ。
記憶を取り戻すのに一歩近づいたとはいえ、悠長に時間をかけている余裕はない。いつ自分たちを取り巻く環境が変わるかわからないのだ。早く彼女にまつわる情報を集め、早々に成仏させてあげなければ。タイムリミットはいつやってくるかわからない。
学校が見えてくると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。見慣れない車が校門付近に数台止まっており、多くの人間が学校を出入りしていた。
生徒たちはヒソヒソと噂話をしながら、彼らの横を通り抜けていく。
教室へ行くと、いつもよりも一段とざわついていた。
「おはよう、和泉」
自分の席につくと、溝上が話しかけてきた。中嶋も溝上に付いて和泉に近づいてきたが、明らかに顔色が悪い。
「中嶋、大丈夫?」
思わず中嶋に問いかけた。彼は「あぁ………」と言ったが、どう見ても大丈夫そうではなかった。
溝上はチラッと中嶋の方を見たが、すぐに和泉に視線を戻した。
「聞いたか? 校内で殺人事件が起こったらしい」
「殺人事件?」
ああ、と溝上が頷いた。
「一体誰が殺されたの?」
「あ……阿澄だって………」
中嶋が震える声で言った。
和泉は息を呑んだ。
「俺も詳しくはわからないんだけど、金曜の放課後、二組の望月が発見したらしい。生物実験室で阿澄が死んでいるのを」
溝上が言った。
「生物実験室………。じゃあ先生は、僕が実験室を出たその直後に殺されたってこと?」
「そうだろうな。お前、危なかったな。殺人犯と鉢合わせしてたかもしれない」
「………ああ」
和泉が学ランを取りに引き返したときは、まだ阿澄は生きていた。阿澄が襲われたのは、その後ということになる。
「あと、これも二組のやつに聞いたんだけど、死体のそばに脅迫状みたいなのが落ちてたんだと」
溝上の言葉に、中嶋はビクリと肩を揺らした。
「脅迫状。それってもしかして………」
和泉は溝上たちに話そうとした。あの日、学ランを取りに行ったとき、見たものを。しかし――。
「ごめん、オレ先に行くわ。一時間目、移動教室だったよね」
中嶋は和泉たちの返答を待たずに、荷物を持って、フラフラと出て行った。
彼の様子に和泉と溝上は互いの顔を見合わせた。
「中嶋、本当にどうしちゃったんだろう」
「さあな。気が動転してるんじゃないか。ほら、身近で殺人事件が起こるなんて、そうそう無いだろ。
諒太郎だけじゃない。周りの奴らを見てみろよ。みんな青い顔してる」
クラスを見渡すと、確かにみんな怯えていたり、泣き出している女子生徒もいたりと、溝上の言う通りだった。みんなの様子がいつもと違う。人が死んでいるから当たり前か。普段通りに過ごせている生徒の方が少ないだろう。
しかし、中嶋の様子はクラスのそれとは違うような気がした。
もしかしたら、自分たちには言えない事情が何かあるかもしれない。
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