1-3 彼女の手がかり
屋上に行ける時間帯は限られている。校舎にたくさん生徒がいる時間帯はまず無理だ。万が一、屋上へ繋がる階段を上っているところを先生に目撃されれば、屋上は再び封鎖されてしまうかもしれない。そうなっては、彼女を成仏させることはできない。
となると、校舎に人が少なくなる夕方五時から、クラブと自習室を使う生徒以外は下校しなければならない六時の一時間だけだろう。昼休みも行けないことはないが、リスクの方が高い。緊急なことがない限り、やはり放課後に行くのが無難だ。
次の日、一日の授業が終わった後、五時まで待って、和泉は屋上へ上がった。扉を開けると、彼女は扉から少し離れた壁に寄りかかり、両足を投げ出して座っていた。見るともなく空を眺めている。
和泉に気づくと、ひらひらと手を振った。
「やあ。本当に来てくれたんだね」
「もちろんですよ」
和泉は彼女の隣に腰かけた。
「そういえば君の名前、まだ聞いてなかったね。これからお世話になるんだし、聞いておきたいんだけど」
彼女が和泉の顔を見ながら言った。
「和泉っていいます」
「和泉………」
彼女は和泉の名前を咀嚼するように、反芻した。その様子を探るような目で和泉は見た。
「私は………名乗ろうにも、自分の名前を覚えていなくて。名前どころか、自分の顔も、いつの時代の人間かも覚えていない」
「顔も、ですか」
彼女はコクっと頷いた。
「幽霊は、鏡にも水たまりにも映らない。だから、私は自分の顔を思い出せないんだ」
顔は最大の個人情報と言っても過言ではない。きっと記憶を取り戻す上で、大きな助けになるだろう。
和泉は彼女の顔を覗き込んだ。
「えっと、髪は黒色で胸の下くらいまであります。前髪は目の上で切りそろえられていて、目は少し切れ長の二重で、鼻は細くて小さいです。唇は薄い方です。全体的に、個々のパーツが主張しすぎていない、こじんまりした印象です」
「それってつまり、君みたいな?」
「僕、そんな顔してますかね。一応、褒め言葉のつもりで言ったんですが………」
和泉の言うように、彼女の顔は全体的にこじんまりとしている。儚げな印象で、どちらかといえば美人に部類する顔立ちだった。
「それから、いつの時代に生きていたかってことですが、あなたがいつこの学校に入学したのかは、わかりますよ」
「えっ!?」
和泉の思いがけない言葉に彼女は目を丸くした。
「ヒントは、あなたが着ている制服です。覚えているかはわかりませんが、この学校、もともとは男子校だったんです。五年前から共学になりました。そしてこの学校では、学年カラーというものがあります。襟のところについている、それです」
和泉は彼女の襟元を指さして言った。そこには赤色のラインが引かれている。
「僕が来ているシャツにも同じラインが引かれています」
和泉は第一ボタンを開け、襟のラインを見せた。
「今年度入学した僕ら一年は赤、二年は青、三年が緑です。今年の一年のカラーは昨年度卒業した三年生のカラーです。
さらにあなたが来ているのは夏服ですが、今は五月下旬。今の一年生はまだ夏服を着たことがありません。つまり、女子でカラーが赤で夏服を着たことがあるのは、三年前に入学した生徒ということになります。もしあなたが生きていれば、この前の三月に卒業しています」
一通り説明を聞いた彼女は、「すごいね」と感嘆の声を漏らした。
「素晴らしいよ、君。いきなり一歩前進だ」
「でも僕にわかることは、ここまでです。あとはあなたの記憶の取っ掛かりになるようなものを手探りで探していくしかありません」
「それでもすごいよ! そうか、私は生きていたらもう高校を卒業してるんだ」
彼女は寂しそうに笑った。それはそうだ。本当ならこの先も、彼女の未来は続いていくはずだった。それがどうして失われることになったのか。
彼女のその横顔を見て、少しでも力になりたいと和泉は思った。
「ねぇ、君ってさ。もうずっと視えてるの? 私みたいなモノを」
彼女の問いに、和泉は頷く。
「僕、昔から霊感強くて。子どもの頃は、みんなも同じように視えてると思っていました。でもそうじゃないって小学校に上がったときに気づいて。幸い、僕の姉も視える人だったので、寂しくはなかったですが。人前でその話をするのはやめました」
このことは中嶋や溝上にも話していない。きっと二人は和泉の言うことを信じてくれるだろう。しかし、打ち明けるには、それ相応の勇気が必要だった。
「それであるとき、視えるものの法則性に気づいたんです」
「法則性?」
「僕がよく霊を視る場所は、駅や道路が多いです。あとは川原とかもかな。逆に人がいっぱい死んでいるはずの病院とかでは、あまり視たことがありません」
「駅や道路が多くて、病院が少ない………」
「つまり、寿命以外で亡くなった方――事故や自殺、他殺――の霊が視えるんだと思います。
不本意な死に方をしてしまった人たち。あるいはまだ生きたかったけど、死ぬという手段をとるしかなかった人たち。そういう人たちの想いが、魂をその場所に縛り付けて、成仏できないんだと思います。あなたの死にも、何か訳があるんですよ。きっと」
「訳、か…………。あるとしたらどんな訳だろうね。自殺か事故か他殺か………」
「いずれにしても、僕があなたを成仏させてみせますよ」
和泉はそう言うと、やわらかく微笑んだ。
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