第11話 人形劇・ジンイチ編
次々と襲っていった影は端まで追い詰めるとけたけたと笑って(いるようにみえた)動きを止めた。
十数分の間、横から撮影していたのは引きこもっていた彼なんだろうか? 見終わった後で居ても立ってもいられなくなった俺達、人形劇サークルのメンバーは彼の自宅に押し掛けた。
ピンポン。玄関のチャイムを鳴らして母親と思しき女性が出てきた。
「なんですかこんな」「すみません! タカユキくんはいらっしゃいますか!?」
勢いに面食らったのか女性はぎょっとした顔をしたあとで、なぜか笑った。
「あらタカユキを心配してきてくれる方がこんなに。まず上がって頂戴。」
居間に通され「少し待っていてね、お茶を淹れますから。ジュースの方がいいかしら? コーヒーも」と尋ねるのを制止して「今は会えますか?」と質問した。
「タカユキはね、実家に行ったのよ。Y県のW市にある山奥でね」とここにいないことを説明された。直接会って話を聞きたかった。俺たちは忘れてたんじゃないと元気づけたかった。
「部屋を…見せてもらっても?」ミサキが不躾なことを言い出した。
案の定怪訝そうな表情をされたが、「あの子はたいがい必要なものは持って行ったでしょうから、何も大事そうなのは残ってないでしょうけど。」と承諾してもらえた。
二階へと上がる。部屋はがらんとしていた。生活臭は微塵もなく、もはやここから去って長い時間が経っていることを実感させた。
「あれ? なにこれ…手紙?」ミサキが不自然にテーブルの上に置かれた紙を見つけた。母親に見つからなかったのだろうか、目立つはずだが。
「読んでみる…?」俺たちの顔を見回して折りたたまれた紙を開く。2枚あったようで、開いた拍子に一枚床に落ちた。拾おうとしてダイゴが硬直した。
「おい、マジかよ」震える指で持ち上げたのは「これ、血じゃね…?」
赤黒くなった文字で「あい」と書かれていた。「あいって何だよ? 名前か?」
「『こんにちは。今日もありがとうございます。』」ミサキが突然声を出した。
「読んでるだけだよ」と手に持った紙をひらひらと揺らした。「『僕は旅立ちます。迎えに来ましたので。ありがとうおかあさん。ありがとう。みんなにぼくは元気だよと伝えてください。みんなありがとう。あいしてる。人形は押し入れにしまってあるっていってね。』だって…押し入れ…。」
部屋に押し入れは見当たらなかった。手紙を開いて読んでは見たものの、感謝の言葉より人形のことが気になった。まずはそれをみつけてからだという気がする。一階に戻るとぬるくなったお茶を勧められた。「飲まずに行っちゃうんだもの、冷めちゃってごめんなさいね」といわれ、俺は申し訳なくなった。
「あの、すみません。重ねて失礼を…押し入れって、どこかにありますか?」
「押し入れ? もちろんあるわよ!」クスクスと笑って「二階はお父さんの部屋に、一階は客間の奥の部屋にね。」彼女は指で斜め向かいにある部屋と、廊下を挟んだ客間を指さした。俺はミサキとダイゴと一緒に一階を、残りは二階の押し入れを見に行ってもらうことにした。
一階の押し入れには布団が数組入っており、急な来客用に置いてあるようだった。奥になにか、見える。人形だった。だがもっとあるはずだ。
「あ、ああ」と狼狽えた声を上げながら二階に行ったはずのショーイチが後ろで呻いていた。「やべぇよ。全部壊されてる。なんでだよ?」
壊されたのは鬱になったからじゃないのかと思ったが、この様子は尋常でなかった。彼を置いて二階に上がると、ジュンコが尻もちをついて震えていた。
「ねぇ、こんなにバラバラにすること…あるかな…?」もはや半泣きの声だ。
(ありがとうと、言っていたのに。なぜこんなことを? 二枚目の「あい」が関係してるのか?)
先ほどまではタカユキのことを心配していたのに、心の熱が冷めていく。嫌がらせにもほどがある。見損なったぞ! と怒りに転換しそうになった。
「ああ、それ? 私がやったのよ。」いつのまにか後ろに立っていた彼の母の纏う雰囲気が、がらりと変わった。見上げると先ほどまで柔和な表情をしていた人とは思えない相貌をして、そこには憤怒がありありと浮かんでいた。
「タカユキを連れて行ったのはコイツラよ! このガラクタ! カス! ああ! なんでまだ形があるのかしら!!」彼女が破片を徐(おもむろ)に蹴り上げた勢いに恐怖したジュンコは失禁してしまったようだ。アンモニア臭が漂う。
「あら…ごめんなさいね。コイツラのことを考えると虫唾が走って仕方ないのよね…。」
本当に同一人物なのだろうかとすら疑いかねなかった。「いまタオルを取ってくるから、その〈ガラクタ〉は押し入れに押し込んどいて頂戴ね。」穏やかに言う声すら鬼気迫っているように感じられた。
俺は一連の顛末に呆然としていたが、ハッキリしたのはタカユキがこれを壊したのではないということだった。
一階の人形はどうしようかと考えたが、ミサキが肩に提げたままのボストンバッグを開けて見せた。先ほどの人形を咄嗟にしまったようだ。二体の男女の人形と二枚の手紙だけが、手元に残った。
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