第53話 老いた哀れな近衛騎士

「ざ、ザッカーバーグ!?」


 老騎士が慌ててザッカーバーグの身体を抱き起こす。

 しかしその呼吸も心臓も、既に完全に止まっていることを知り、


「結婚を間近に控えた若者を躊躇ちゅうちょなく殺すなど、貴様には人の心がないのか! この鉄面皮のクサレ外道めが! おとぎ話に出てくる魔人ですらまだ、人の心があるというものだ!」


 怒りの目をリュージに向けて声を大にして激しく罵倒する。

 そんな怒れる老騎士を、しかしリュージは虫けらでも見るように見下しながら言った。


「なに人のせいにしてやがるんだ? 元はと言えば、お前が近衛騎士の忠義とやらを示そうとしたからだろう? お前の無能と薄汚れた騎士道が生んだ結果を、俺に転嫁してんじゃねぇよ」


「なんだと……!」


「だってそうだろう? お前が騎士道とやらを見せようとしなければ、こんな悲劇は起きなかった」

「そ、それは……」


「俺はお前らを殺すつもりはなかった。お前が邪魔しようとさえしなけりゃな。つまりこれは、お前が示そうとした騎士道の結果ってわけさ。どうだ、騎士道を貫いた気持ちは? 良かったら聞かせてくれよ?」


「く――っ!」


 正論を突き付けられた老近衛騎士の目が、所在なさげに泳ぐ。

 リュージの鋭い眼光と正論を、騎士道という名のぬるま湯で生きてきた老騎士は、とうてい受け止めることができなかった。


 もはやその心が折れる寸前であることは明白だった。


「ほらほらどうだ、満足したか? お前の薄汚い騎士道とやらに。お前の歩んできた無価値な人生に」


「ぐぬぅ……!」


「絶対強者の下でぬくぬくと過ごしながら、絵空事のような綺麗ごとを並べてたて。理不尽に虐げられる弱者を前に、見てみぬ振りをし続ける。お前の騎士道は――お前の生きざまはどうしようもなく醜悪で、断ずるまでもなく悪そのものだ」


 リュージが老騎士を断罪する。


「わ、ワシは……」


「そして今、お前は理不尽に虐げられる弱者になったんだよ。俺という絶対の強者によって、虐げられ、ねじ伏せられ、全てを奪われる。そんな哀れで惨めな弱者にな」


「あ……う……」


「今から俺が、お前の『騎士道』を体現してやる。自分可愛さに弱者を見捨てることを気にも留めない、強者にびへつらうしかできないお前の身勝手な騎士道とやらを、今から俺が身を持って教えてやるよ」


 リュージは吐き捨てるように言うと刀を振るった。

 目にも止まらぬ斬撃が、老騎士の左肩から右わき腹にかけてをザックリと斬り裂く。


「カハ――ッ!」

 口から大量の血をこぼしながら、老騎士は大きく目を見開いて、床に倒れ伏した。


「やれやれ、少しは俺に感謝しろよ? お前の醜悪で無価値な人生を閉じてやったんだからよ」


 倒れ伏す老騎士に向かってリュージが冷たく告げた。

 その顔には冷たい笑みが浮かんでいる。


「わ、ワシは騎士道こそが正しいと……信じて、生きてきた、のに……なのに……まちがって、いた……のか……? ワシは……ワシの人生は……」


「大切なのは騎士道、騎士道とバカみたいに唱えることじゃなくて、お前自身が騎士として何を為すかだろ。いい加減わかれよバーカ」


 己の生涯を捧げてきた騎士道を、最後の最後まで完膚なきまでにリュージに全否定され続けた哀れな老騎士は、


「…………」

 リュージの冷たい視線に見下されながら、惨めに絶命したのだった。

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