第54話 若き近衛騎士ザッカーバーグ
「さてとここにはもう用はないか――」
リュージはもう用は済んだとばかりに大公の間を立ち去ろうとして、
「おっとと、忘れるところだった」
ふと思い出したように言うと、すぐ近くに倒れていた若き騎士ザッカーバーグの身体を軽く蹴った。
すると――、
「かは――っ!? けほっ、こほっ、ごほっ、えほ――っ」
激しく咳き込む声とともに、ザッカーバーグがぱちりと目を見開いて息を吹き返した。
驚いた顔をして上体を起こす。
「よお、元気か?」
「あれ……? ボクはたしか心臓を突かれて死んだはずじゃ……?」
「死んじゃいないさ。心臓を一時的に止めて仮死状態にしていただけだ。ま、放っておけば、そのままあの世行きだったけどな」
「仮死状態にした、だって? なぜそんなことを? ボクをいったいどうするもりだ!」
「どうもしねえよ。お前は自分がそんなに価値のある人間だと思っているのか?」
リュージが苦笑する。
「じゃあ、まさか見逃すと言うのかい? 一人だけおめおめと生き残って、ボクに生き恥を晒せと言うのか?」
「死にたいなら今すぐ殺してやるさ、それをお前が望むのならな。あと1人殺そうが2人殺そうが今さらたいした違いはない。だが一つだけ言っておく」
リュージはそこで言葉を切ると、もう決して戻らない過去に少しだけ思いを馳せながら、言った。
「死んだら全て終わりだ。婚約者も、家族も、友人も、何もかもがな。それでもクソみたいな主君と、見てくれだけの騎士道とやらに殉じて死にたいと言うのなら、すぐにでも
「ボクは……ボクは……」
「ぐずぐずするな、さっさと選べ。俺も暇じゃないんだ」
「ボクは…………ボクは、生きたい」
ザッカーバーグが声を絞り出すようにつぶやいた。
「それでいい。今この瞬間に、お前は『誰かの騎士道』から解き放たれた。これからはお前が正しいと信ずる『自分の騎士道』を生きろよ」
そこにある種の願いのようなものが込められていることを、ザッカーバーグは薄っすらと感じ取る。
「もしかしてボクが結婚を控えているからなのかい? そう言えばさっき復讐と言っていたけれど……」
「姉さんとパウロ兄みたいな悲劇は、もうあっちゃならないんだ」
「君は、本当の君はきっと、とても優しい人なんだね」
リュージはその『見当違い』な感想をまるっとするっと無視すると、
「ああそうだ、お前に一つだけやって欲しいことがあったんだ。生かしておいたのはそのためもある」
そんなことを言った。
「ボクにやって欲しいこと? なんだい?」
「この城にはセルバンテスにさらわれた若い娘たちが大勢いるはずだ。彼女たちを解放して、この内戦が落ち着くまでのしばらくの間、守ってやってくれ。なーに。セルバンテスが死んだ以上、戦いはそう長くは続かないはずだ。アストレアは――新女王は有能だからな」
「たしかに承ったよ。近衛騎士エドゥアルド=ザッカーバーグの剣と名誉にかけて、君との盟約を必ず果たすと誓おう」
「ついでにそこに落ちているバカでかい王冠についた宝石でも、分けて持たせてやれば、当面の生活費には困らないだろ。もちろん罪に問われないように、アストレアには俺が言っておく。こう見えて、アストレアとは直に話ができる関係なんだ」
リュージはそれだけ言うと、今度こそ背を向けて歩き出した。
「それもたしかに承ったよ」
「ああそれと」
「まだ何かあるのかい?」
「2度と俺の前に立ちふさがるなよ。次は殺すからな。今回は特別中の特別だ。お前みたいな雑魚は、俺は目をつぶってたって殺せるんだから」
去り際に、振り返りもせずにそう言い残して立ち去るリュージを、ザッカーバーグは憧憬の眼差しで見つめながら、立ち上がった。
そして騎士の行う敬礼の中でも最上級の、王族に対する最敬礼でもって、その背中を見送ったのだった。
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