第51話 薄汚れた騎士道(1)

「……くだらないとは、どういう意味だ?」


「言葉どおりの意味さ。忠義だの騎士道だの誇りだの、そんなもんはただのおためごかし、何の役にもたたないゴミだと言ったんだ」


 セルバンテス大公への復讐を果たして少しだけ収まっていた、世にはびこる理不尽への怒りが、再びリュージの中でこらえきれないマグマとなって噴き出し始める。


「我が主君を殺しただけでなく、我らが騎士の生きざままでをも侮辱するか!」


 リュージの物言いに老騎士が激高する。

 だが怒りが止まないのはリュージの方だった。


「だってそうだろ? なにが騎士の生きざまだ? なにが騎士道だ? 汚いゴミクズに、またたいそうご立派な名前をつけたもんだな!」


「なにィっ!?」


 己の人生と言っても過言ではない騎士道を、ゴミクズとあざけられた老騎士は、顔を真っ赤にして声を荒げた。

 しかしリュージはピシャリと言った。


「なにが違うってんだ? セルバンテス大公の邪悪極まりない振る舞いに見てみぬふりをするのが、お前らの騎士道なんだろ?」


「そ、それは――」


「忠義などという美辞麗句で、己の思考停止と自己保身を賛美し。だけでなく、それをさも美しいものであるかのように飾り立て、ありがたがる。これがゴミクズ以外のなんだってんだ? あまりに醜悪すぎて反吐が出るぜ」


「く、言わせておけば……!」

 老騎士がワナワナと肩を震わせる。


「おいおい、お前らが忠義を尽くそうとするセルバンテス大公閣下のご評判を知らないのか? 大の女好きで、気に入った娘をさらっては好き放題犯していたってことは、遠く離れた王都でも噂されていたぜ? それをまさか、すぐ近くにいた近衛騎士のお前らが、知らないわけはないよなぁ?」


「ぐぬ――っ」

 しかしリュージのこれ以上ない正論の前に、老騎士は論理的に反論するための言葉を完全に失ってしまっていた。


「お前らはそれを知っていながら、見ないふりをしていた。それがお前らが言う素晴らしい騎士道なのか?」


「ぐ……っ!」


 痛いところをこれでもかと突かれた老騎士が、悔しさのあまりギリギリと歯ぎしりをした。


「主君に忠義を尽くすだ? んなもんは、自分で考えることをやめるための言い訳だろうが! 自分で考えることをやめた時点で、もうお前らは人間じゃねぇんだよ! エサをくれる飼い主に尻尾を振るしか能がない、ただの家畜だ!」


「我らを……我ら近衛騎士を家畜だと申すか!」


「ああそうさ! 飼われてるだけの薄汚ねぇブタの分際で、綺麗な鎧で着飾って、偉そうに人間様に講釈たれてんじゃねぇよ、ボケ!」


 普段のリュージなら、こんな不毛なやりとりに時間を費やすことはないはずだった。

 セルバンテス大公への復讐は果たしたし、無駄な殺しはしないというアストレアとの約束もある。


 リュージは決して、人殺しが好きな殺人狂というわけではないし、アストレアとした約束を軽んじているわけでもない。

 しかし彼らが近衛騎士という身分であったことに、リュージは猛烈な怒りを感じていた。


 幸せだった子供の頃の自分が憧れた近衛騎士。

 清廉潔白で正しく、間違ったことを許さず、お姫さまを守って時に騎士道に殉ずる正義の体現者。


 騎士の中の騎士。

 男の中の男。

 こうありたいと願ってやまなかった存在。


 それがかつてのリュージが思い描いていた近衛騎士であり、彼らのあるべき姿だった。


 しかし――現実はしょせん、こんなものだった。


「近衛騎士なんてのは、どいつもこいつも綺麗ごとを言うだけのクズばかりだ。本当に反吐へどが出る」


「まだ言うか貴様!」


 今、目の前にいる者たちがまさにそうだった。

 リュージは目の前のゴミどもを、すみやかに処分することに決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る