第48話 力の差
「何がおかしいのです?」
フロストが眉をひそめて、その端正な顔をわずかに歪めた。
「いやな、なんで悪人ってのは同じようなセリフを繰り返すのかなと思ったら、おかしくってな」
「ふぅん?」
「とっとと始末しろ、だの。絶対に生きて帰すな、だの。判で押したように同じ言葉ばかり言いやがる。どこかに悪人向けの対応マニュアルでもあるのかなって、つい勘繰っちまうぜ」
「ふふっ、その減らず口がどこまで聞けるか――では試してみましょうか!」
そう言うと、フロストは猛烈な踏み込みから剣を振り下ろした。
リュージはそれを刀で受けとめようとして、
「ぐ――っ!」
しかし受けきれずに弾き飛ばされてしまった。
リュージはすぐに体勢をたてなおすものの、そこにフロストが鮮烈な連撃を放ってくる。
「せぇいやぁ――っ!」
キン! キャン! ギャリン! ギンッ!
互いに『気』によって強化されたリュージの刀とフロストの剣が激しくぶつかり、火花を散らす。
「へぇ。フロストって言ったか? 結構やるなお前」
「まだまだ、こんなものではありませんよ!」
『気』の使い手同士による、人間の領域をはるかに超えた激しい斬り合いが始まった。
「神明流・皆伝奥義・一ノ型『ダルマ落とし』」
一瞬の隙を突いてリュージが放った、分厚い岩をも易々と斬り砕く横薙ぎの一閃を、
「その程度ですか? 威勢が良かった割には、全然大したことはありませんね」
フロストが難なく受け止める――だけでなくフロストはそれを強引に押し返すと、苛烈な攻撃でもって反撃を繰り出してきた。
キン! キンキン! カン! ギン! ギャリン!
何度も激しくぶつかり合う刀と剣。
しかしフロストの一撃はどれもが神明流・皆伝奥義なみの威力を誇っており、
「ぐ――っ」
リュージは次第次第に防戦一方へと追い込まれていく。
「神明流・皆伝奥義・三ノ型『ツバメ返し』」
わずかな隙を突いて、完璧な間合いから放たれたリュージの息をもつかせぬ連続技も、
「ははっ、遅いねぇ!」
フロストはその全てを、きっちりとこれみよがしに防御してみせる。
しかしそれはリュージの狙い通りだった。
「神明流・皆伝奥義・二ノ型『カワセミ』」
防御のために足を止めたフロストをめがけて、リュージが強烈な突きを叩き込む!
三ノ型『ツバメ返し』から、二ノ型『カワセミ』への皆伝奥義による連続技。
刀の切っ先に強烈な剣気を込めた一気の突き。
巨大な城門ですら吹き飛ばしてぶち破るそれを、
ギィン!!
しかしフロストは真っ向から跳ね返した。
「く――っ!」
「無駄ですよ。この圧倒的なまでの力の差、あなたは私には勝てません」
「悪いがそういうセリフは、最後まで立っていられてた時に言うんだな」
リュージは強がるものの、誰が見てもフロストの戦闘力はリュージのそれを完全に上まわっていた。
それでもリュージはフロストの攻撃をしのぎつつ、わずかな隙を見つけては鋭く果敢に攻め手を繰り出し、フロストに傾きそうな流れを巧みに引き戻す。
力で負けていても、技術と勝負勘でしのぐ。
7年間の修行で師匠のサイガから叩き込まれた実戦ベースの剣技が、それを可能にしていた。
互いに決定機がないままフロストがリュージを攻めたてる展開がこのまま続く――そう思われた矢先だった、
「ぐ――っ!? なんだ――!?」
突然フロストが、ガクッと力が抜けたようにバランスを崩したのは。
フロストは自分の身に起きた変化に驚き、慌てながらリュージから距離をとった。
「な、なんだ? いったいどうした? 急に身体が重くなったぞ!?」
さっきまでは身体が羽のように軽かったというのに、急に今まで感じたことのない猛烈な疲労がフロストを襲ってきたのだ。
いまや剣を持つ手すら重く感じる始末で、フロストは身体の異変に困惑を隠せないでいた。
「そりゃそうさ。あれだけ『気』をガンガン使ってれば疲れもするさ」
そんなフロストを見て、リュージがニヤッと笑う。
「使いすぎ、だって……?」
「『気』ってのはな、言ってみれば生命エネルギーだ」
「生命エネルギー?」
「そうさ。だから使えば使うほど、気力も体力もどんどん消耗していく。だから『気』を無駄遣いをしないために、緻密なコントロールが何よりも大事になる」
「なん……だって?」
「俺は『気』を精密にコントロールし、行動の瞬間や技を出すタイミングにのみ使うことで、消費を極限まで抑えているのさ」
神明流・初伝『剣気
この技は『気』を活性化させて身体能力を大幅に強化するが、それは同時に『気』をコントロールして消耗を抑える技術でもあった。
これが『剣気
「そんな、ことが――」
「でもお前は違うよな? ずっと『気』をバカみたいに大量に放出し続けていた。その分だけ強かった代わりに、こんなにも早く『気』が枯れようしているのさ」
「まさか、最初からこれを狙っていたのか? 私を疲れさせるために――」
「ははっ、気付くのがちょっと遅かったな。ってわけで、すっかり気を使い果たしたお前と違って、俺はまだまだ十分に余力が残っているぜ?」
「ぐっ――! くそぅ!」
フロストはなんとか剣を構えたものの、もうその身体にはほとんど『気』が残っていないことをリュージは完全に見切っていた。
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