第45話 静かなる殺意
アストレアがセルバンテス大公を迎え撃つと決めてから1週間後。
「
堅固な砦に籠城を決め込んだ守備隊500人と、砦の向かいの丘陵に布陣したシェアステラ王国軍2000人を前にして、5000人を超える大軍を率いるセルバンテス大公は吐き捨てるように言った。
シェアステラ王国軍に、これ以上なく嫌らしい位置取りで布陣されていたからだ。
もし砦を攻めれば、丘陵にいるシェアステラ王国軍が背後から襲ってくる。
逆に丘陵のシェアステラ王国軍を攻めれば、砦にいる部隊に背後を襲われる。
どちらを攻めても挟み撃ちされてしまう上に、部隊を2つに分ければ数的優位が低減してしまう。
さらにこの辺りは丘陵地帯で道幅が狭く、大軍が移動するには極めて不向きだった。
そのためここまで快進撃を続けていたセルバンテス大公軍は、王都まであと少しというところで完全に足止めをされてしまったのだ。
これは歴戦の猛勇であるセバスチャンの立案した布陣だった。
セバスチャンはこの地で迎え撃つことを決めると、地形と砦を巧みに利用した挟撃の陣をわずかな期間で構築してみせた。
完全な
1日、1日と日がたつごとに食料が見る見る減っていくのだ。
「真っ向勝負をせず、姑息な長期戦を挑んでくるとは……!」
互いに陣を敷いたままで今日も丸1日無駄にさせられたセルバンテス大公は、傍らに控えていた将軍――実務トップに忌々しそうに言い放つと、
「もうよい、今日は様子見じゃ! 寝る!」
ドスドスと機嫌の悪そうな足音を立てながら、大公専用の大きな天幕に入っていった。
その姿が完全に見えなくなってから、将軍は肩を落としてぼやいた。
「だから散々、ここを迂回して王都北側の穀倉地帯から進軍するように進言したではないか。それを相手が女王になったばかりの小娘だからと過小評価するから、こんなことになるのだ。なぜこの場所に堅固な砦が作られているのか、そんなことにすら頭が回らんとはな」
しかし今さら将軍が何を言っても、最終的な決断を下すのはセルバンテス大公であり。
自己中心的で自己評価が異様に高いセルバンテス大公は、いくら将軍たちが策を進言しても、ろくに聞く耳を持ちはしなかった。
将軍はやるせない気持ちで自分の天幕へと戻った。
なんにせよ、昨日と同じように
◇
夜もふけた頃、草木も眠る丑三つ時。
「ふぁぁ……――っ!」
先ほど交代したばかりの見張りがだるそうにあくびをした瞬間、声をあげることもなく絶命した。
気配を殺して忍び寄ったリュージが、その喉をかき切ったからだ。
すでに周囲の見張りは全員、同じように息絶えている。
神明流・皆伝奥義・六ノ型『
生命エネルギーである『気』を高めて戦う神明流の他の技とは逆に、『気』を極限まで低下させることで、新月の夜に風が凪いでいるかのごとく、気配を消すことのできる
『気』を極限まで低下させるために他の技は全て使えなくなるし、気配を消すだけで物理的に見えなくなるわけではないので、明るい時間には間違っても使用はできない。
しかし、かがり火が
そしてリュージは難なく巨大な天幕の中に忍び込むと、『セルバンテス大公』をこれまた音もなく殺してのけた。
「まずは1人――」
しかしこれで終わりではなかった。
同じような巨大な天幕が、他に10個あることを既にリュージは確認していた。
その全てでリュージは同じことを繰り返した。
ついでにあらかじめ目を付けていた、軍の指揮官と思しき上級将校も片っ端から殺しておいた。
その中には、先ほどセルバンテス大公への愚痴をこぼしていた実務トップの将軍も含まれている。
これは詳細な作戦を教えてくれ、その他にも様々な便宜を図ってくれたアストレアへのリュージなりのちょっとしたお礼だった。
夜が明けた頃、セルバンテス大公軍は天地がひっくり返ったような大騒ぎとなっていた。
自分たちをここまで率いてきたセルバンテス大公が影武者ごと全員暗殺され、さらには軍の上級将校たちまでもが片っ端から殺されていたのだから、それもまた当然だった。
さらにはこれまで丘陵の上に陣取ってピクリとも動きを見せなかったシェアステラ王国軍が、今日この一大暗殺劇が起こることを事前に知っていたと言わんばかりに、一気
指揮系統が失われ動揺の極みにあったセルバンテス大公軍は、抵抗らしい抵抗もみせることなく壊滅し、勝敗はあっけないほど簡単に決着した。
もちろんシェアステラ王国軍の完全勝利だった。
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