第43話 セルバンテス大公(先王ライザハットの弟)の罪

「セルバンテス大公――叔父上が挙兵ですって!?」


 事前に『お心を乱さぬよう』と忠告を受けていたアストレアであったが、さすがにこの報告には動揺を隠しきれず、大きな声で問い返してしまった。


 しかしそれも無理のないことだった。


 セルバンテス大公は先王ライザハットの弟、つまりアストレアから見て叔父にあたる、元王族の大貴族だ。


 シェアステラ王国の東部に広大な領地を持ち、その影響力は王家を除けば国内最大の貴族である。

 そんなセルバンテス大公が挙兵したというのだから、さしもの聡明なアストレアであっても、驚くなというのは無理な話だった。


 セバスチャンが報告を続ける。


「セルバンテス大公は、我こそが真のシェアステラ国王であると宣言し、あろうことかアストレア女王陛下を偽王と断じ、呼応した周辺諸侯とともに、現在ここ王都を目指して進軍中とのことです。その総数は5千を超えるとのこと」


「5千を超える大兵力による反乱――!」


 アストレアが目を見開いて息をのんだ。


 そう大きくないシェアステラ王国にとって、5千人の軍勢というのは超がつくほどの大軍だ。

 対外的な戦争をするならまだしも、国内問題でよくもまぁこんなべらぼうな数を動員できたと感心するレベルだった。


 アストレアとセバスチャンが言葉を失い、重い空気が場を支配する中、


「やっと動いたか、おせーんだよ。ほんと使えねぇノロマだなアイツは」


 リュージが平然とした顔で言った。


「……リュージ様、今の発言はどのような意味ですか? まさか叔父上に内通していたのではありませんよね?」


 信じられないといった顔をしながらリュージを問い正すアストレア。

 そこでリュージは、自分の言葉がアストレアに誤解を与えてしまったことに思い至った。


「ん? ああ、そういう意味じゃねえよ」

 リュージが苦笑しながらアストレアに告げる。


「ではどういう意味なのでしょうか?」

 対するアストレアの表情は硬いままだ。


「セルバンテス大公が俺の次のターゲットだからさ。だからやっと動いたと言ったんだ」


「叔父上が?」


「ああ。あいつは兄であるライザハットと一緒になって、姉さんを凌辱したんだ。必ず殺す、絶対に殺す。絶対の絶対だ」


 リュージの声に鋭利な刃物のような殺意が籠る。


「叔父上が復讐対象であることについては分かりました。ですがそれと、動くのが遅いという話が繋がりません」


「セルバンテス大公は自己中心的で民を家畜とでも思っているような、貴族の悪いところを煮詰めたような人間だ。ライザハットよりもさらにたちが悪い。領地では若い娘をさらっているって噂まである。まさに人間のクズだ」


「叔父上がクズだというのは、姪の私としても否定はできませんね。良からぬ噂もおおむね本当のようですし」


 嘆くようにアストレアが言った。

 アストレアの元には、セルバンテス大公の黒い噂がいくつも届いていた。


 しかし大公ともなると、たとえ女王といえどもその振る舞いに対して、うかつに口を出すことなどできはしない。


 ましてやアストレアのように後ろ盾がほとんどない新女王など、一の大貴族であり、前国王の弟でもあるセルバンテス大公から見れば、取るに足らぬ存在なのだから。


「しかもあの野郎は重度の臆病者で、城の中に引きこもって表に出てくることが少ないんだ。しかも影武者が10人以上いると言われている。それを全員殺して回るのは骨が折れるし、本物を殺し損ねる可能性がある」


「そういえばそんな話を聞いたことがあるような、ないような……セバス?」


「たしか最新の情報では、セルバンテス大公の影武者は11人いるとのことにございます。特にここ数年は、かなり用心深くなっているようですな」

「いろいと身に覚えがあるのでしょうね」

「おそらくは左様かと」


 11人というセバスチャンの言葉を心にメモしながら、リュージは言葉を続ける。


「ってわけで、俺はヤツが動くのをずっと待っていた。なぜなら大義を掲げる戦に、親玉が出てこないわけにはいかないからだ」


「自分だけ安全な最後尾にいて大義がどうの偉そうに語っても、誰もついてきはしませんからね。いざという場面になればなるほど、それは顕著になるでしょう」


「だがもし戦場に出るとなれば、何があるか分からない。となれば普段は分散させている影武者を、相当数集めてリスクを回避しようとするはずだが、そいつらを根こそぎ殺して回れば労せずチェックメイトだ」


「なるほど、そういことですか」


 しかし頷きながらも、聡明なアストレアは実は、自分の身の安全を最優先するセルバンテス大公はこの局面であっても影武者に全てを任せて、自らは戦場に出てこない可能性の方が高いのではないかと踏んでいた。


 そしてリュージもきっと同じように考えているだろうから、つまりさらにその次の手まで用意しているに違いないと推測していた。


 今の『なるほど』は、そこまで込みの『なるほど』である。

 アストレアも伊達に『聡明な若き女王』などとは言われていない。

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