第8章 セルバンテス大公
第42話 急報
その急報がもたらされたのは、アストレアがちょっとだけリュージをやりこめた数日後だった。
新生シェアステラ王国が誕生して以来、睡眠を3時間以上取ったことがない激務続きの過労死ラインぶっちぎりな不夜城のごときアストレアに、1日の完全オフが与えられた日の昼頃。
朝の11時という遅い時間まで、久しぶりに誰にも邪魔されることなくぐっすりと睡眠をとったアストレアは、鏡を見て目の下の
そして今は朝食兼昼食――いわゆるブランチをリュージの部屋で
「なんでお前は、俺の部屋で飯を食っているんだ?」
「ここは元々、私の部屋ですよ」
「今は俺が正式に借り受けているはずだ」
「いいじゃないですか、別に朝ごはんくらい。減るもんでもないでしょう」
「俺の貴重な時間と静かな日常と、なにより心がすり減る」
リュージの嫌味を、
「良かったらリュージ様も食べます? 美味しいですよ、この玉子のサンドイッチ。はい、あーん♪」
アストレアは知らんぷりでスルーすると、サンドイッチを1つリュージの口元に差し出した。
「いらん。っていうか、女王なのにサンドイッチとは、また意外に質素なものを食べているんだな」
「ほら私、ずっと目が見えなかったので、サンドイッチやオニギリといった食べやすい物ばかり食べていたんですよ。手間のかかる食事は、食べさせてもらう時にどうしても迷惑が掛かっちゃいますので」
「イチイチわざとらしく不幸アピールをするな、
「ひどっ!?」
全然そんなつもりで言ったんじゃなかったのに……。
リュージ様に聞かれたから説明しただけなのに……。
などとアストレアがぶつくさ言いながら口をとんがらせていると、
「アストレア様、火急の報にございまする!」
いつもは冷静沈着なアストレア専属執事のセバスチャンが、血相を変え、息を切らせながら部屋に入ってきた。
「今日は千客万来だな」
やれやれとリュージはため息をついた。
休日はいつも一人で部屋で筋トレをしたり、瞑想して『気』をコントロールするトレーニングをして過ごしているが、今日は無理そうだと早々に諦める。
「もうセバス。リュージ様のお部屋にノックもしないで入ってくるなんていけませんよ」
アストレアがセバスチャンの礼を失した振る舞いを、やんわりとたしなめると、
「それを言うなら、勝手に俺の部屋で飯を食っているお前もたいがいだろ。他人の襟を正す前に、まず自分の襟元を確かめろ」
リュージが皮肉たっぷりに言ったが、アストレアはまたもや知らんぷりをしてスルーした。
「リュージ様、アストレア様。礼を失した振る舞いは深くお詫びいたします。ですがそれどころではないのです!」
そこでセバスチャンは言葉を切ると、ちらりとリュージに視線を向けた。
この大事な話をリュージに聞かれても大丈夫か、というアストレアへの確認の意味だ。
「話していただいて構いません。私とリュージ様は信頼という絆で結ばれております」
「は? 信頼?」
リュージは首をかしげたが、アストレアは気にせず言葉を続ける。
「よって私がリュージ様になにか隠しだてするようなことはありません」
「かわら版の件といい、隠しまくっているじゃねーか」
「それはそれ、これはこれです。それに聞かれませんでしたから。聞かれたらちゃんと答えましたよ」
「このアマ、いけしゃあしゃあと言いやがって……」
口ではそう言いながらも、しかし実のところリュージはまったく気分を害してはいなかった。
アストレアの聡明かつ口達者なところは、リュージにとってはむしろ信用できる要素の1つだったからだ。
もちろん信用はしていても、信頼はしていないが。
というか、基本的にリュージは誰も信頼してはいない。
唯一の例外として神明流――戦う力を与えてくれた師匠だけは、心の底から信頼してはいたが。
そしてアストレアにしても、自信がリュージに信用されていることをしっかりと理解しているからこそ、こんな軽口を叩けるのだった。
最近はお互いに、お互いの扱い方が分かってきつつある2人である。
それはさておき。
「それで、どうしたというのです?」
改めてアストレアがセバスチャンに問いかけた。
話の先を促す。
「どうかお心を乱さぬようにしてお聞きくださいませ」
「あなたがそうまで言うのなら、よほどのことなのでしょうね。分かりました。心して聞きましょう」
アストレアが頷いたのを見て、セバスチャンが
「それでは申し上げます。東方の領地を治めておられますセルバンテス大公が、挙兵いたしました!」
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