第41話 木を隠すなら森の中
「アストレア、いるか?」
リュージがノックもそこそこにアストレアの私室へと踏み入ると、アストレアはちょうど髪を綺麗に結いなおし終わったところだった。
役目を終えたばかりの髪結いメイドが、脇に静かに控えている。
「申し訳ありませんリュージ様。そろそろ休憩時間が終わりでして、すぐに次の会議が始まるんです。話があるなら、その後にしてもらってよろしいでしょうか?」
「お前は女王だ。少し遅れたところで誰も文句は言わないさ」
「ダメですよ。トップが良くない適ことをすると、下の者はそれを見本として真似しちゃいますから」
トップは部下の見本になるべしという考えの、真面目なアストレアである。
「なら単刀直入に聞く。時間は取らせない。クロノユウシャの名前を王都中に広めているのはお前だな?」
「…………はて、なんのことでしょう? あ、あなたはもう下がってくれて結構ですよ。ありがとうございました。素晴らしい腕前ですね、またお願いします」
やや長めの沈黙した後、ニッコリ笑って言ったアストレアの言葉を受けて、メイドがしずしずと退出していく。
メイドが出ていくのを確認してから、
「しらばっくれるな。このかわら版のイラストを見ろ。皮鎧の形や刀まで全部そっくりだ。ここまで詳細な絵を描けるのは、クロノユウシャが俺だと知っている人間だけだ。なによりクロノユウシャという言葉自体、知っているのはアストレア、お前しかいない。犯人はお前意外にありえない」
先ほど手に入れたかわら版をアストレアの眼前に突きつけながら、リュージが言った。
「素晴らしい推理ですね。ずばり、正解です!」
アストレアがウインクしながら右手の親指をグッ!と立てた。
御前会議用の格式高いドレスを身にまとい、結い上げた髪には王家に代々伝わるティアラをつけた高貴な女王様スタイルとのギャップが、かなり可愛らしい。
世の男どもが見れば胸キュン確定案件だったのだが、残念ながら復讐に生きるリュージは全くそこに興味は示さなかった。
「なにが正解です、だ。俺は余計なことはするなと言ったはずだ」
目を細めてアストレアを睨みつけるリュージ。
「はい、だから余計ではないことをしたんですけど?」
「どういう意味だ?」
「この際だから言いますけど、リュージ様のその黒ずくめの姿って昼間は目立ちすぎなんですよ」
「夜は目立たない」
「あなた、昼も夜も気にせず平然と活動してるじゃないですか! 目立ちまくってますからね!? 子供騙しみたいな言い訳はやめてくださいよ!」
本気なのか冗談なのかわからないリュージの言葉に、アストレアは反射的にツッコんでしまった。
慢性的な睡眠不足が今も続いているせいで、気が高ぶりやすいからではあるのだが、それでもこんな風にアストレアが大きな声を出してしまうのは、基本的にはリュージの前だけである。
アストレアは一般的には理知的かつ理性的な女王として通っている。
ここまで気を許すのは、リュージやセバスチャンなどごくごくわずかな相手だけだった。
偉大なる女王アストレアの名誉のため、念のために一筆、記しておく。
「こほん、そこで私は考えました。木を隠すなら森の中に隠せばいいと。クロノユウシャは現在この王都で悪を討つ悪、つまり義賊としてもてはやされています」
「どうもそうらしいな」
「そしてクロノユウシャを真似する若い男性も少なくありません。つまりリュージ様の存在を隠すなら、そっくりさんの中です。これなら外を歩いていても目立つことはないはずです」
アストレアが自信満々のドヤ顔で説明すると、リュージは沈黙した。
アストレアの意図に納得がいったからだ。
ただちょっとだけ。
勝手にやられたことと、クロノユウシャという若気の至りのネーミングを広められたことが気に入らないだけだった。
「さすがのリュージ様もこれにはぐうの音も出ませんね? ふふふ。ではそういうことで。私は会議に行ってまいりますので」
リュージから見事に一本を取って、気分よく鼻歌を歌いながら部屋を出ていくアストレアの後ろ姿を、リュージはじっと見つめていた。
「女王としての仕事で手一杯だろうに、俺が動きやすくなるように裏で手も回しているとは、本当に頭の回る女だな、アストレアは。もし敵だったのなら一番最初に殺しているところだぞ」
そんな、人が聞けばぎょっとするであろう言葉も、しかし今この部屋にいるのはリュージだけ。
物騒かつ不敬な独り言を聞きとがめる者は、誰もいなかった。
ちなみにこのセリフ、リュージ的にはとても褒めていた。
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