第40話 かわら版

 エブリスタインたち衛兵への復讐を果たした数日後。


 次の復讐まで手持無沙汰だったリュージが、アストレアが絶賛改革中の王宮の様子はどんなもんかと、暇にあかせてフラフラと歩いて見て回っていると、


「やあ君! 元気そうじゃないか!」


 突然後ろから声をかけられた。

 リュージが振り向くと、見たことのある顔がリュージに駆け寄ってきた。


「お前はたしか暴徒たちのリーダーだったか? こんなところで何をしてるんだ?」


 それは王宮突入に際してリュージが言葉を交わした、民衆のリーダー格の青年だった。

 あの時のボロい服と違って今日は小ぎれいな服を着ていて、いいとこの子息に見えなくもない。


「これから御前会議に参加するのさ」

「平民のお前が、女王が出席する御前会議に参加するのか?」


 リュージはさらっと挨拶だけして別れるつもりだったものの、少しだけ興味が沸いて話を続けることにした。


 古来より政治は王侯貴族が行うものと相場は決まっている。

 平民が政治に参加するなど、リュージの価値観では考えられないことだ。


「こらこら君。アストレア女王陛下と言いたまえよ。もちろん参加するといってもボクはオブザーバーの立場だから、意見を求められた時に発言するだけなんだけどね」


「ま、せいぜいそんな程度だろうな」


 そもそも女王の参加する御前会議に、たかが平民ごときが参加できるというだけで、前例がないすごいことなのだ。


「それでもこの国の今後の方向性は分かるし、なによりアストレア女王陛下は会議の最後に必ずボクに発言の機会を与えてくださるんだ。ただの平民に過ぎないボクの言葉を、この国で一番偉いお方が毎回聞いてくれるんだよ? これは革命的な出来事だよ!」


 目をキラキラさせて語る青年リーダーに、リュージはアストレアの改革の正しさを垣間見た気がしていた。


『人は城、人は石垣、人は堀。リュージ、この言葉をよく覚えておけ。国を支えているのは人――民衆だ。だから民衆が目を輝かせている国は強い国になる』

 師匠が教えてくれたことを思い出す。


 顔には出さないもののリュージは内心ほっこりし、しかし聞きたいことは聞けたとばかりにその場を去ろうとしたのだが、


「それにしてもその格好、とても似合ってるね。ちまたで噂のクロノユウシャにうり二つだ」

 その言葉にリュージは立ち去ろうとした足を止めた。


「なんだって?」


「クロノユウシャさ。王都で今一番人気の義賊だよ。知らないとは言わさないぞ? あちこちでかわら版や新聞が出てるじゃないか。いやそうか、逆なのか。君が本当のクロノユウシャなんだね」


「あいにく世情には疎くてな。なんのことだか、さっぱり分からないな」


「隠さなくたっていいさ。巨大な水堀を飛び越え、跳ね橋の鎖を斬って落とした君の姿を、ボクはこの目でしかと見たんだから」


「あまり他所よそでは、俺のことはしゃべらないでくれ。俺はお前を殺したくない」

 さすがに隠し切れないと見て、リュージは脅して黙らせることにした。


「もちろん、君がオリジナルのクロノユウシャだとは口外しないから安心してくれ。なにせボクは君にこれ以上なく感謝しているのだから。君がいなければ新生シェアステラ王国はなかった。ボクも当然、反乱のリーダーとして打ち首だった。君は命の恩人だよ。本当にありがとう」


「礼には及ばない。そもそもお前のためにやった訳じゃない。俺には俺の目的がある」


「みたいだね。でもグラスゴー商会の一件はさすがに驚いたなぁ。きっと王都の悪人どもは、今頃みんな『クロノユウシャ』に肝を冷やしていることだろうよ」


 くっくっくと、青年がおかしそうに笑う。


「そんなことはどうでもいい。それよりその名前をどこで聞いた?」


「君の言葉の意図がよく分からないんだけど? 新聞やかわら版でも、どこでも見れるだろう? それを見た若い男がこぞって君と同じような黒ずくめの恰好をして、街に溢れかえっているわけだし。ほら――」


 言って青年リーダーは、ポケットから四つ折りにしていたかわら版を取り出すと、広げてリュージに見せた。


 そこにはリュージそっくりのイラストと、クロノユウシャの名前と活躍ぶりがこれでもかと書かれていた。

 特にその細部に至るまで詳細なイラストを見て、リュージはすぐに情報の出所を察した。


「ちっ……あのクソアマ。悪いがこれはもらってくぞ」


 リュージは舌打ちをしながら、青年リーダーの手からかわら版をひったくるように奪うと、


「え、ああうん。それは別にいいんだけど。あの、よかったら君の名前を教えて――」


 しかし引き留める青年リーダーの声には答えず背を向けると、一直線にアストレアの部屋へと向かった。

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