第39話 復讐完了5:衛兵エブリスタイン

「ぎゃーぎゃーうるせーんだよ。なんで悪い奴らってのはどいつもこいつも、自分に都合のいいことばっかり、大声で並べ立てようとするんだろうな?」


 リュージは腹を抱えてうずくまるエブリスタインを、石ころでも蹴るみたいにガンガンと蹴り飛ばす。


「くぅ、ぐぅっ……!」


「娘は関係ないだって? 俺の姉さんは、何の関係もないお前の欲望のはけ口にされたんだぜ? それと何が違うんだってんだ? おいクズ、俺に分かるように説明してみろよ?」


「ぐっ、あぐっ、それは……」


「なぁおい? 何が違うのか、俺にもわかるように合理的に! 順序だてて! 理路整然と説明して見ろよ! 無関係なお前に凌辱された姉さんと、お前の娘の何が違うのかを! 好きなだけ説明してみろ!」


「ぐっ、うっ、それは……」


 違うと言えずに言葉を失いうずくまるエブリスタインを、リュージは何度も何度も蹴り飛ばす。

 憎悪と怒りを込めた蹴りを浴びせ続ける。


「おら、なんとか言えよ! お前の娘が特別な理由を、お前らクズどものせいで姉さんを失った俺に説明してみせろ!」


「う……ぐ……オレは、オレは……」


 しかしエブリスタインはついに最期まで、リュージの問いかけに納得いく回答を返すことはできなかった。


 リュージに散々に蹴られたエブリスタインが、ズタボロのボロ雑巾のようになって惨めに息を引き取ったのを見届けてから、リュージは言った。


「もう聞こえてないだろうけど一応伝えておくな。お前の家族には手を出しちゃいない。そこは安心しろ。俺の標的はお前だけだ」


 娘や家族に関することは、ただエブリスタインに絶望を感じさせるための嘘に過ぎなかった。

 リュージは殺人狂というわけではないので、復讐の邪魔さえしなければ無関係な相手をむやみに殺したりはしないのだ。


 そしてこの夜。

 7年前のあの日、ユリーシャを凌辱した衛兵4人は皆、家族を残して命を落とした。


 …………

 ……


 翌日、リュージはアストレアの私室を訪れた。


「あなたが殺した衛兵の家族に、一時金を出して欲しい――ですか?」

 アストレアの問いかけに、


「この通りだ、頼む。残された家族が路頭に迷うのは本意じゃない」

 リュージが大きくしっかりと頭を下げた。


 リュージがいきなりアストレアに会いに来たのも初めてなら、こんなにもはっきりとお願いをしてきたことも初めてだったので、アストレアは内心ビックリしていた。


 ちなみに会議の合間にちょびっとだけ用意された、雀の涙のごときわずかな休憩時間である。

 相も変わらず新女王は多忙を極めている。


「それはまぁ構いませんけど。ですが自分で殺しておいて遺族には資金援助をして欲しいだなんて、これまたひどい偽善もあったものですね?」


「偽善でもなんでも、やらないよりはいい」

「やらない善よりやる偽善、というわけですか」


「嫌なら別にいい。お前なら金があると思って、物は試しで頼んでみただけだから」


「ひどっ!? 私は財布扱いですか!? っていうか、構いませんって言ったじゃないですか」


「そうか、ありがとう。恩に着る」

 そう言うと、リュージはもう一度深々と頭を下げた。


「あれあれあれ? おやおやおやおや? 今日はやけに素直なんですね? 察するにあれですか? 結婚を控えた17才の少女が路頭に迷うのはやはり、リュージ様的には許せませんか?」

 

「……」


 その問いかけをリュージは不機嫌そうに無視した。

 もちろん聡明なアストレアは、それが肯定の返事だと理解している。


 本来は心優しいリュージにとって、亡くなった姉と同じ17才の少女という存在は、想像以上に気にかかるのだろうと当たりを付けていた。


 それでも容赦なく衛兵エブリスタインを殺してしまうのがリュージという人間だとも理解していて、内心小さくため息もついているのだが。


「あ、これ貸しですからね? 貸し1つですからね?」

「調子に乗るな」


 リュージはそれだけ言うと、もう用はないとばかりにアストレアの部屋を後にした。


 アストレアはセバスチャンを呼んで、エブリスタインたち4人の衛兵の遺族にそれなりの額の見舞金を出すように指示すると、


「うーん!」


 大きく伸びをして休憩を終えると、「貸し1つ~、貸し1つ~」と口ずさみながら、それはもう軽やかな足取りで、今日何度目になるかわからない会議へと向かったのだった。

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