第33話 豚のエサ
「はい、どーぞ♪ ぜひ感想もくださいね」
アストレアが小皿に切り分けてくれたケーキを、リュージはフォークで切ってから口に入れる。
そしてしっかり味わって食べてから言った。
「クソマズい。豚のエサと間違えていないか?」
「ひどっ!?」
「なにが酷いもんか。スポンジはあちこちダマになってるし、やたらめったら甘いし。砂糖の入れすぎなんだよ。高いんだから無駄使いすんな。しかもチョコはガチガチに固いときた。溶かす時の温度をしっかり見ていなかっただろ」
「みょ、妙に具体的な指摘……」
「まったく、これなら俺が作った方がはるかにマシだぞ。ケーキのために用意されて、なのに最終的に豚のエサにされた食材に、土下座して謝れこの下手くそが」
「そ、そこまで言わなくても……10年ぶりに目が治ったので、憧れだったケーキ作りに挑戦してみたのに……」
同情を誘うように言いながらチラッと上目づかいでリュージを見たアストレアに、
「ああそう」
リュージは極めて無感情に言った。
取り付く島もないとはこのことである。
「っていうかリュージ様はケーキ作れるんですか? 意外ですね?」
「そんなに意外か?」
「それはまぁどこからどう見ても、リュージ様はケーキを作るタイプには見せませんから。むしろリュージ様が作るとしたら死体の山ですよね?」
「それは嫌味か? いちいち一言多いんだよ」
「いいえ、1日に300人近く殺したという、ただの純然たる事実ですが?」
「ちっ……なら教えてやる。子供の頃はお祝いの時に、姉さんと一緒にケーキを作っていたんだよ。それを両親やパウロ兄と食べたんだ。姉さんの作るケーキは絶品でな、ミカワ屋で正式な売り物にしようって話もあったくらいだ。ま、あの事件があって、結局全てなかったことになってしまったんだけどな」
「ご、ごめんなさい……そのようなこととは
リュージを少しだけ言い負かして、ちょっとだけ勝ち誇った風から一転、アストレアが泣きそうな顔で謝罪した。
「ふん、これに懲りたらあまり人のことをあれこれ詮索しないことだ。好奇心は猫をも殺すってな」
「はい……」
せっかくケーキを作ったというのに、リュージにボロンカスに言われまくってアストレアはしょんぼりと心の中で涙した。
聡明な女王とはいえ、アストレアも一人の女の子なのである。
悲しくて泣きそうなことはあるのだった。
けれど、
「お代わりだ」
「……え?」
リュージの言葉にアストレアがポカーンと口を開けたアホ面を晒した。
普段はお澄まし顔をしていることが多いアストレアにしては、とても珍しい顔だ。
「聞こえなかったのか? お代わりをくれと言ったんだ。けちけちするなよ、まだ4切れ残っているだろ」
「クソマズいって言ったのに、お代わりするんですか……なんですかそれ意味が分かりません……」
さっき豚のエサとまで言われたのを思い出して、アストレアがいじけたようにつぶやく。
「クソマズいのは味の話だ。だがお前が一生懸命、初めて作ったケーキそのものに罪はない」
「あ……はい!」
「俺が初めて1人でケーキを焼いた時も同じような失敗をした。これとそっくりなチョコレートケーキで、似たような失敗をして、とても食えたもんじゃなかった。でも姉さんもパウロ兄も、美味しい美味しいって笑顔で食べてくれたんだ」
「本当に素敵な方々だったんですね」
「俺みたいな馬鹿とは全然違う自慢の2人だったよ。それと純粋に腹が減っている。空腹は最高のスパイスだからな。今なら豚のエサでも食える気分だ。だから早く切って寄こせ」
「……リュージ様ってやっぱりツンデレですよね」
「だからなんだよツンデレって? 言葉はコミュニケーションツールだ、相手が分かるように喋るのが、話す側の義務だろう?」
「リュージ様みたいな人のことを言うんです♪」
「だからそれじゃ説明になってねーんだよ」
「あとはご自分でお調べ下さいな。わたしのお付きメイドによると、最近の恋愛の流行り言葉らしいですから」
目が見えなかった頃、アストレアのお付きメイドはアストレアを楽しませようといろんな話をしてくれていた。
その中に、素直になれない女の子が好きな男の子についつい意地悪しちゃうお話――いわゆるツンデレヒロインもの――もあって、アストレアは大いに心を躍らせたものだった。
それはさておき。
なんだかんだで2人でチョコレートケーキを丸々一本食べきって、リュージはお腹いっぱいに。
そしてアストレアは心が幸せでいっぱいになって、この後のお昼の会議も、昼食会も、午後の会議も、夕方の会議も、夕食会も、夜の会議も、未明の会議もその他もろもろ頑張らなくちゃと、改めて気合を入れなおしたのだった。
そしてアストレアのチョコレートケーキを腹いっぱいに食べたリュージは、夕方までひと眠りして疲れをとると、
「さてと、次を
次なる行動に移った。
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