第6章 カイゼル神父

第34話 カイゼル神父の罪

 夕方、一眠りして目を覚ましたリュージは、王宮の近くにある、王都で一番大きな教会へと足を運んだ。


「カイゼル神父、懺悔ざんげがしたいんだ。話を聞いてもらえないだろうか」


 そして講話集会を終えたばかりの一人の神父──カイゼル神父に近づくと、そう切り出した。


「構いませんよ。懺悔室にご案内しましょう着いてきて下さい」


 リュージの言葉に、話し終えたばかりにも関わらず、カイゼル神父は疲れた素振りすら見せず、むしろ穏やかな笑みを浮かべる。


 カイゼル神父はこの教会の責任者でもある司教も務めるナイスミドルだ。

 温厚かつ真面目、清廉潔白な聖人として民衆からの信頼も厚く、次期大司教とも期待されるひとかどの人物だった。


 そんなカイゼル神父に、リュージは懺悔室へと案内された。

 小さく狭い小部屋に入ると、リュージは床に膝をついて屈んだ。

 懺悔はひざまずいて行うものだからだ。


 わずかに遅れて、薄壁を挟んだ反対側の小部屋にカイゼル神父が入室すると、両者の間に備え付けられた小窓が、そっと開かれた。


「では始めましょう。偉大なる神の前では何人なんぴとも平等です。神の声に耳をかたむけ、神のいつくしみに心を委ねながら、あなたの罪を告白してください」


「人を殺したんだ、何十人も何百人も殺した」

 リュージの発言に、


「……そうですか。どうやら冗談ではないようですね。なぜそのようなことを?」

 カイゼル神父は一瞬言葉に詰まった後、真剣な声色で尋ねた。


「復讐だったんだ、今はもう居ない姉さんとパウロ兄の、復讐だったんだ。だから殺した」


「仇討ちというわけですね。大切な家族を奪われて、残されたあなたには絶望しかなかったことでしょう。その気持ちは察するに余りあります。ですが復讐は何も生みだしません。復讐をしたとして、大切な人を失った心の傷が癒えることも、亡くなった人が生き返ることもないのですから」


「ならどうしろと言うんだ? 姉さんとパウロ兄を死に追いやった奴らは、のうのうと生きて人生を謳歌していた。それを指をくわえて見ていろと、あんたは言うのか?」


「神は必ず悪行を見ておられます。悪人たちにもいつか正しき裁きが下されます」


「いつかって、いつだよ? 7年前の夏、姉さんを犯してなぶって凌辱した奴らは、じゃあいつ裁かれる予定だったんだ? 俺が殺すまで全員が野放しだったじゃないか」


「7年前の、夏、ですって……?」

 その単語にカイゼル神父がビクッと反応し、動揺したように声を震わせた。


「どうしたんだカイゼル神父? なにか思い当たる節でもあるのか?」

「い、いえ……なんでも……ありません」


 リュージの問いかけに、カイゼル神父は言葉を濁した。


「へぇ、そうかい。ならもう一度聞こうか。神聖ロマイナ帝国の皇子やライザハット王に犯され、貴族どもに嬲られ、兵士や神父にまで欲望のはけ口にされた姉さんのカタキを、どうして神さまは7年間もとってくれなかったんだ?」


「か、神は、神は偉大で……だから、い、いつか……」


 いつの間にか、カイゼル神父の声は震えていた。


「その偉大な神さまにとっちゃ、姉さんがズタボロに犯しつくされたのは何年放ったらかしにしても気にならないほど、大したことはなかったのかな?」


 そこでリュージはいったん言葉を止めると、猛烈な怒気をはらませながら言った。


「なぁカイゼル神父。どうしてあんたは姉さんをズタボロにしておきながら、聖人君子と崇め立てられ、次期大司教の候補としてちやほやされて、今もこうやってのうのうと俺の懺悔を聞いているんだ? なぁおい、神父さまよぉ?」


 リュージが小窓を通して、カイゼル神父を憎悪に彩られた黒い瞳で睨み上げた。


「その黒い髪、黒い瞳……まさか……」


「このミサンガにも見覚えあるよな?」


 リュージがこれ見よがしに右手首に巻いてある赤いミサンガを見せつけた。

 その赤い輪は、カイゼル神父を否応なく過去のあの日へといざなった。

 カイゼル神父の脳裏に7年前の記憶がまざまざとよみがえる。


「まさか、まさか君は……っ!」


「なぁカイゼル神父、7年前の夏に姉さんを犯して死に追いやった大罪人の一人であるあんたが、どうしてあろうことか神に仕え、人に説教をたれ、幸せを謳歌しているんだ?」


「あ……う……」


「偉大な神様に仕えるあんたなら、きっとその答えを知っているんだよな? 幸いここは懺悔室だ。あんたの懺悔を俺が納得するまで聞いてやるよ、カイゼル神父様!」


 リュージの殺意がじわりじわりと高まっていく。


「あ、あの娘には、本当に……本当にすまないことをしたと思っているんだ……」


 リュージの殺意は十分なほどにカイゼル神父にも伝わり、神父は声を震わせながら必死に絞り出すようにして謝罪の言葉を口にした。

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