第23話 ミカワ屋

「やれやれ。典型的な悪徳商人だな。いい機会だからとっとと潰しちまえよ」


 リュージが呆れたように言った。

 しかしアストレアは困り顔をしながら言葉を紡ぐ。


「そんなに簡単に言わないでください。代わりの御用商人を見つけないといけないんですから。でないと役人から衛兵まで、宮仕えをしている皆さんの日々の食事さえままならなくなります。それなりに大きくて、ちゃんと信頼ができて、国民のために働いてくれるような商会が必要です」


「だったらミカワ屋って中堅大手の商会がある。誠実さを売りに実直な商売をしている商会だ。そこなら条件を満たせるはずだ」


「ミカワ屋さんですか、可愛い名前ですね?」


「だからとっととグラスゴー商会の御用商人としての特権は、あますところなく全部引き剥がしてやれ」


「なるほど。ところで」

「なんだ?」


「ミカワ屋さんというと、あなたの義理のお兄さんになる予定だったパウロさんが支店長を任されていた商会ですよね?」


「……俺のことを調べたのか」

 パウロの名前を出されたリュージの目が、不快感でスッと細くなる。


「まぁそれなりには。気分を害されましたか?」


「いいや、当然の行為だな。お前が何でもホイホイと相手の言うことを信じる馬鹿なお姫様じゃないと再確認できてよかったよ」


「その割にはなんともイラついたような顔をされていますけど?」


「勝手にあれこれ身辺調査されて、個人的にお前にムカついてるだけだから気にするな。そんなことでお前と協力するという一番の大局を見誤ったりはしない」


「精神構造が子供なのか大人なのか、とても判断に迷う発言ですね」


 アストレアが困ったように言った時、

 コンコン、

 と部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」

 アストレアの返答をしっかりと待った後、


「ご歓談中に失礼いたします、アストレア女王陛下。そろそろ御前会議のお時間にございます」


 メイドが一人、ドアを開けて部屋に入ってくると、折り目正しく礼をしてから静かな口調で告げた。


 アストレアの言っていた『信頼のおける専属メイド』だとリュージはすぐに理解する。


「ありがとう。すぐに向かいます」

「かしこまりました」


 メイドがもう一度、丁寧にお辞儀をして退出していくのを見送ってから、アストレアが言った。


「というわけですので、私は女王としてのお仕事に戻ります。御用商人の件は、ミカワ屋に任せるということで、委細リュージ様の提案通りに取り計らいますのでご安心を」


「恩に着る、ありがとう」

 その言葉を聞いて、リュージは深々と頭を下げた。


「いえいえ、誠実な商会を御用商人として迎え入れることは、シェアステラ王国にとって大変有益なことですから、どうかお気になさらず。それにミカワ屋が御用商人になれば、パウロさんも少しは報われることでしょうし」


「……」


 アストレアの最後のセリフに、リュージは答えなかった。

 しかし聡明なアストレアは、それが肯定の返事に等しいのだと理解していた。


「ああそれと」

「まだ何かあるのか?」


「『クロノユウシャ』、なかなか悪くない名前だと思いますよ」

 アストレアがにっこり笑って言った。


「……どこでその名前を聞いた?」


「先ほど眠りながらリュージ様自身が呟いてましたよ。俺はクロノユウシャになるんだって」


「昔の話だ、忘れろ。俺は自分が勇者なんて高尚な存在だとは、これっぽっちも思っちゃいない」


「そうですか? 意外と似合っていると思いますけど。もういっそのこと広めちゃいません? クロノユウシャ――それは悪を討つ悪、新生シェアステラ王国に舞い降りた黒き義賊である、なんちゃって」


「余計な真似はするな。記憶から消えるまで殴り倒すぞ」

 リュージがにらみつけると、


「あらら、怖い顔」

 アストレアはおどけたように言って立ち上がった。


「女王の仕事が忙しいんだろ。余計なことはするなよ」

「そうですね。忙しいのでこの話はここまでにして、そろそろ行ってまいります」


 それだけ言うと、アストレアはぺこりと会釈をして、振り返ることなく部屋を出ていった。


 アストレアがいなくなり、リュージ1人になった部屋を沈黙が支配する。


 静かな室内で、リュージはボソリと呟いた。


「パウロ兄。パウロ兄のいたミカワ屋が、王宮御用商人になるんだってさ。ものすごい栄誉だよ? 生きていたらきっとパウロ兄も喜んだよね」


 リュージは少しだけ、もう絶対にかなうことのない『かつて思い描いた幸福』に思いをはせてから、


「さてと次の準備をするか」


 殺意に満ちた冷徹な復讐者の顔に戻ると、するりとベッドから抜け出した。


 そしてベッド脇に綺麗に洗濯して置いてあった馴染みの黒装束に着替え、愛用の刀を掴むと、音もなく部屋を後にした。

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