第16話 第一王女アストレア

「セバス! なんてこと!?」


 目が見えないながらもセバスチャンが敗れた状況を察したアストレア王女が、悲痛な声をあげた。


「心配すんな、どうにも話が進まねぇから、ちょっと気絶させただけだ。殺してはいない」


「それは本当ですか? ですが見ての通り、私は目が見えません。セバスが生きていることを確かめる術はないのです」


「そこは信じてもらうしかないが、本当に気絶させただけさ」


「気絶させただけと簡単に言いますが、老いたとはいえ、あのセバスをこうも簡単に倒すなんて……あなたはいったい何者なのですか?」


「やっと話を聞く気になったか。俺はリュージ、7年前にお前の父親たちに犯され殺された姉さんの復讐に来た。既にお前の父であるライザハット王と、妹のフレイヤ王女は殺した後だ」


(正確にはフレイヤはまだ死んではいないだろうが、まぁ死んだも同然で大きな違いはないだろう)


 リュージの恐ろしい発言を聞かされて、


「父と妹が既に……。そうですか、そして今から私も殺すと言うわけですね?」

 しかしアストレアは冷静に淡々と答えを返した。


「なんだ、自分の家族が殺されたっていうのに、怒りも驚きもしないのか? 王族ってのは意外と身内に冷たいんだな」


「複雑な気持ち、というのが正直なところでしょうか。父や妹のあまりに傲慢なやり方は、いつかこのような不幸な未来を招くと、常々思っておりましたので」


「ふぅん、殊勝なこったな」


「ですがセバスには罪はありません。彼は心美しき心を持った、騎士の鑑です。私の命が目的ならばどうぞ好きにしてください。ですがどうかセバスには、寛容な措置をお願いできませんか」


 アストレアはゆっくりとベッドから降りると、床に正座をして額をこすりつけるようにお願いした。

 いわゆる土下座だ。


「だから違うって言ってんだろ。いいから頭を上げろ」


「いいえ、セバスを助けてくれると約束していただけるまで、頭を上げるつもりはありません」


「だからお前もこの老執事も、どっちも殺しはしねえよ」


「父と妹を殺したという復讐者の言葉を、ほいほいと信じろとあなたは仰るのですか?」


「へぇ、やっぱりお前は頭が回るみたいだな。なら、今から俺が信じるに足るだけの証拠を見せてやろう」


「大変申し訳ありませんが、いくら証拠を見せると言っても、残念ながら私の両の目は光を失って久しいのです。今はわずかな光ぐらいしか感じ取ることができません」


 アストレアが自嘲気味に呟いた。


「その目、なにがあったんだ? その言い方だと生まれつき目が見えないわけじゃなさそうだけど」


 リュージは気になったことを尋ねてみた。


(アストレアは今日のところの最終目標だ。

 だから少しくらい話が逸れたところで、大勢に影響はない)


「私があまりに反抗的で、このままでは反主流派の旗頭にされてしまうと危惧した父に、焼きゴテで焼かれてしまいました」


「自分の失政を棚に上げて、それを諭す自分の娘の目を焼いたのか。どこまでも腐りきってやがるな。ああそうか、分かったぞ。フレイヤの入れ知恵だな? 第二王女のフレイヤにとって第一王女のあんたは、王位継承権の点でもっとも邪魔な存在だからな」


 もっともらしい理由にかこつけて政敵を蹴落とす。

 吐いて捨てるほどよくある話だった。

 もちろんそれで姉の目を焼いて自由を奪うなんてのは、胸糞が悪すぎる話なのだが。


「そうかもしれませんね。あの子は私と合わないところが多かったようですから。もちろん今となっては、何があったのか真相は闇の中ですけど」


「2人とも俺が殺してしまったからな」


「そういうわけですので、たとえ何を見せられても私の目があなたの仰る『証拠』を見ることはかなわないのです」


 再び自嘲気味に言ったアストレアの言葉を、


「いいや、見せられるさ」

「え?」


 しかしリュージは短い言葉で否定すると、アストレアの前にしゃがみ込んだ。


 そして今なおセバスチャンの命を救うために土下座を続けていたアストレアの前に右手をかざすと、力ある言葉を発した。


「神明流・皆伝奥義・十ノ型『不惑』」


 その言葉とともにリュージの右手に膨大な『気』が集まっていく。

 そして集まった膨大な『気』は、アストレアの目へとどんどんと流れ込んでいって――。


「こ、これは……!? 温かい何かが目に流れ込んでくるような――」

「黙ってろ、集中力が乱れる」


「……」


 そのまましばらく、リュージは無言のまま『気』をアストレアの目に送り込んでから、


「目を開いてみろ」

 アストレアに端的に伝えた。

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