第15話 老騎士セバスチャン=ベッテル
らせん階段を駆け上がったリュージは、最上階に到達すると、すぐに入り口のドアを開けようとして、ドアの内側に大きな物が置かれて入れないように塞がれていることに気が付いた。
「バリケードのつもりか?」
ベッドかタンスか、なにか重いものをドアの内側に横倒しにして、ドアが開かないように塞いでいるのだと見て取る。
極めて原始的だが、内開きのドアの場合はとても効果的な防衛方法だ。
「これを突破するには、普通の携行武器じゃ何日もかかるだろうな。しかも塔の最上階だから、外からの攻撃もない」
攻め込まれた時のセオリー通り、籠城している間に援軍が来るのを待つつもりなのだろうと、リュージは見当をつける。
(この辺りはまだ暴徒の姿もなく静かなのに、なかなか先見の明のある奴が護衛についているようだな)
「だが悪いな。俺の前ではこんなものはまったくの無意味だ。おい! ドアの向こうにいるのならどいておくことだ、巻きこまれたくないのならな! 神明流・皆伝奥義・二ノ型『カワセミ』」
刀の切っ先に猛烈な剣気が溜め込まれ、強烈な突きとともに一気に解き放たれる。
ドゴォォォォォン!!
まるで砂のお城を蹴り飛ばしたみたいに、バリケードとして置いてあったタンスごと、軽々と扉が吹っ飛んだ。
苦もなくバリケードを突破したリュージが室内に踏み入ると、そこには執事のような格好をして、鞘に納めた剣を持った老兵が一人と。
もう一人、両目を包帯で覆ったうら若き女性がいた。
女性はベッドに腰かけている。
年齢はフレイヤ王女の少し上くらいだろうか。
第二王女フレイヤと第一王女アストレアは2才差ということらしいから、これがアストレアで間違いないだろうとリュージは確信しながらも、
「お前が第一王女アストレアだな?」
念のために問いかけた。
しかし、
「申し訳ありませぬアストレア様、賊の侵入を許してしまいした。どうやら我らの命運もこれまでのようですな」
アストレアは答えず、老執事もリュージの質問には答えずにアストレアに向かってそう言った。
「そのようですわね」
「入り口のバリケードが、もう少しもつと思ったのですが」
「相手が尋常ならざる使い手ということは、目の見えない私にもよく分かりますわ」
「おそらく私では敵いますまい。ですがこのセバスチャン=ベッテル、栄えあるアストレア様の護衛騎士の任を授かったからには、必ずや賊に一矢を報いてみせまするぞ」
「
「いいえ、この身は既にアストレア様に捧げて果てると決めておりますゆえ」
「セバス……あなたこそまことの忠臣です」
「なんともったいないお言葉。ありがたき幸せにございます。それでは行ってまいります」
若き王女と老いた執事。
主従の心温まるやり取りの前に、完全に無視される形となっていたリュージが言った。
「あー、お取込みの最中悪いんだけど、俺の目的はアストレアを殺すことじゃない。話を――」
話をしに来た、と言いかけたリュージの言葉尻に被せるようにして、セバスチャンが怒りに顔を真っ赤にして叫ぶように言った。
「くっ! 貴様、よもやアストレア様を死ぬよりひどい目にあわせるつもりか! このクサレ外道めが! 貴様のような
セバスチャンがスラリと流れるような動作で剣を抜いた。
「へー、やるじゃん。若い頃に『騎士の中の騎士』って言われたのにも納得だ」
まるで息を吸うように慣れた様子で剣を抜いたこと。
さらにはまったく隙のない構えから、若い時分は相当の手練れだったことを、同じく凄腕の剣士であるリュージは見て取った。
それでも筋力は見るからに衰えており、寄る年波には勝てないと、リュージはすぐに見切っていたが。
「ゆくぞ」
「あー、俺はアストレアと話をしに来たんだけどな?」
「問答無用! 先手必勝! きぇぇぇぇいっ!」
一瞬の静寂の後、セバスチャンが
そのまま一気に上段斬りでいくと見せかけて、しかしセバスチャンはわずかな間にフェイントと視線誘導をいくつもしかけて、リュージの視線と意識をかく乱する。
そして自分の一番有利な間合いとタイミングを作ってから、鋭く斬りこんできた。
「ちっ、お前マジでやりやがるな!?」
セバスチャンの熟練の技量に裏打ちされた、先の先をとる鮮烈な踏み込みに、リュージは思わず感嘆の声を上げた。
「賊めが! アストレア様には指一本触れさせぬ!」
「くそ、ああもう、うぜぇ!」
リュージはセバスチャンの鋭い斬撃を受け流したが、セバスチャンは攻撃の手を緩めはしない。
追撃の二の矢、三の矢を告ぎ口と繰り出し、流れるような剣さばきでリュージを攻め立てていく。
ただでさえ、ここは塔の最上階という狭い室内なのだ。
剣を振るうだけでも並の剣士では一苦労という状況にもかかわらず、恐ろしいまでの剣の技量だった。
キンッ!
キンカン!
ギャギン!
「賊め、覚悟っ!! はぁぁっ! せいや! はぁぁ!」
老兵とは思えないセバスチャンの気合の入った連続攻撃。
それは王女アストレアを命に代えても守らんとする、想いの体現でもあった。
しかし所詮は老兵。
冷静に隙を
「ああもう、鬱陶しい! しばらくお前は寝てろ!」
一瞬の隙を突くと、セバスチャンの後頭部を、刀を持っていない左手を手刀にして鋭く叩いた。
「あぐ――っ、無念……アストレア、さま……申し訳、ございませぬ……」
そしてそのたったの一撃で、セバスチャンは糸の切れた操り人形のように床に崩れ落ちたのだった。
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