第17話 ツンデレ?
「は、はい……」
リュージの言葉を聞いたアストレアが、恐るおそるといった様子で目を覆う包帯をほどいた。
ゆっくりと目を開く。
「どうだ?」
「見え……ます! 目が見えます!」
思わず顔を上げたアストレアが見た先にいたのは、黒髪黒目、身に着けた軽鎧まで真っ黒な、ザ・黒ずくめの青年だった。
「オッケー、成功したようだな」
「信じられません」
「事実だ、受け入れろ。そしてまずはセバスチャンが無事なことを、自分の目で確かめろ」
「…………」
「どうした? 黙ったままジロジロ見て、俺の顔に何か付いているか?」
「え? あ、いえ、あの、なんでもありません」
リュージの端正な顔を見て、アストレアは今の置かれている状況も忘れて一瞬胸を高鳴らせてしまっていた。
しかし、焼かれて失明したはずの目を治してもらうなどという、神のごとき奇跡を与えて貰ったのだから、それは人としてごくごく自然な反応でもあった。
この状況で胸が高鳴らない娘など、いはしないだろう。
「まぁいいや……っとと」
突然、めまいでもしたかのようにリュージが足をふらつかせた。
「リュージ様!?」
慌てて立ちあがったアストレアが、抱きかかえるようにしてリュージを支える。
アストレアの目を癒した神明流・皆伝奥義・十ノ型『不惑』。
この奥義は生命エネルギーたる『気』を大量に消費して傷をいやす特殊な奥義であり、リュージは今自分に残っていた『気』をほぼ完全に使い果たしてしまっていた。
平静を装っているものの、今のリュージには神明流の奥義を行使する力はもう残ってはいない。
しかもそこまでしたとしても、この奥義の成功確率は極めて低く、リスクばかりが高い実質的な『死に技』だった。
だからアストレアの目が治ったことも、実際のところただただ運が良かったに過ぎなかった。
もちろん今のリュージは他人に弱みを見せることを極端に嫌うため、わざわざそんなことを一から十までアストレアに伝えたりはしないが。
「問題ない、ただの立ちくらみだ」
女らしい柔らかい身体に包まれたリュージは遠い昔、子供の頃に泣きべそをかいた時、亡き姉がぎゅっと抱きしめてあやしてくれたことを、つい思い出してしまう。
しかしリュージは淡い感傷を見て見ぬ振りをしてやり過ごすと、アストレアの身体を引き離した。
「そうですか? どうにも体調が悪いように見えますが」
「開いたばかりの目で、よくもまぁそんなことが言えるな? 少し言葉が軽いんじゃないか?」
リュージはいらぬ心配はするなとばかりに、いつも通りの軽口をたたく。
「目だけではなく、息遣いや声の様子から体調を察することはできますよ。さっきまでとは明らかに様子が違っています」
「チッ、本当によく回る口と頭だな」
「あの、さすがにそれは心配した相手に対して言う言葉ではないような……」
「一応、褒めたつもりだ」
「ええっ!? 今のが褒めたんですか? っていうか、舌打ちしましたよね?」
「気のせいだろ」
「ふむふむなるほど、つまりこれが世にいうツンデレというものですね」
「ツン……? なんだそれは? いや、ゴホン」
初めて聞く言葉にリュージは少し首をかしげかけて――しかし会話の主導権をアストレアに奪われかけていることにすぐ思い至って、わざとらしく咳払いをして誤魔化した。
誤魔化していた。
完全にアストレアのペースに乗せられてしまっていたことを、超恥ずかしがっていた。
リュージも人の子なのである。
「それでどうだ? これが『証拠』だ」
「はい、動かぬ『証拠』をこれ以上なく見せていただきました。まさか再び自分の目で外の世界を見られる日が来るなんて。リュージ様は本当に信頼できるお方です。感謝してもしきれません、本当にありがとうございました」
アストレアの再び光を灯すようになった瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「感謝は必要ない。それが俺にとって必要だったからやったまでだ」
「そうかもしれません。それでも再び自分の目で外の世界を見ることができる喜びを、私は今ひしひしと感じているのです。それに――」
「それに、なんだ?」
「数年ぶりに開いた目に映ったのが、あなたの顔でしたから」
アストレアが優しく微笑みながら言った。
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