第3話 激情
「殺してやる殺してやる殺してやる!」
ただその一心だけを原動力に、怒りに染まった血走った目で王宮への道を駆けていたリュージだったが、
「おいおい、そんな物騒なもん持ってどこにいくってんだ、少年?」
突然目の前に影が差したかと思うと、リュージのいく手をはばむように大男が立ちふさがった。
年は50歳ほど。
腰には御大層な一振りの刀をぶら下げ、リュージの行く手を阻むように立ちふさがっている。
「どいてください」
無視して脇をすり抜けようとしたリュージは、しかしいきなり地面に組み伏せられてしまった。
後ろ手に絞り上げられて地面に顔を押し付けられる。
「ぐっ、いきなり何しやがんだテメェ!」
組み伏せながらも、激情に突き動かされるように吠えるリュージ。
「いやなに、前途有望な若者と少し話でもしようかと思ってなぁ」
しかし大男はリュージの気迫に臆することもなく、
「俺にはアンタと話すことなんかない! どけよっ! 俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!」
振りほどこうと必死に暴れるものの、12になったばかりでまだ身体もでき上がっていないリュージと、筋骨隆々の大柄な男とでは力の差は歴然だった。
しかしリュージは諦めなかった。
組み伏せられていたリュージの中で、理不尽な状況への怒りが限界を超えて爆発した瞬間、
「おおおおおおおおおおっっっっ!!」
リュージの身体には、信じられないほど猛烈な力がみなぎっていた。
のしかかっていた大男をはね飛ばしながら、リュージは立ち上がる。
「おっとと。おいおい、まさか『気』を使えるのかよ」
大男が驚いた顔を見せたが、リュージ自身も自身の変化に驚いていた。
なにせ自分の3倍は重いであろう大男を、一瞬で跳ね飛ばしたのだから。
「『気』……だと?」
そう答えたリュージだが、その時にはもう既に尋常ならざる力は綺麗さっぱり消え失せてしまっていた。
「なるほど意図して使ったわけじゃないのか。感情が爆発したことで自然と『気』が発露したか? しかしまぁ、訓練もせずに一瞬とはいえ、これ程の膨大な『気』を使うとはな。やれやれ、これもまたオレの一族に課せられた、逃れられない運命ってヤツなのかねぇ」
「さっきから何を言って――ぁ?」
と、リュージの膝が突然ガクッと崩れた。
力という力が、リュージの身体からごっそりと抜け落ちていく。
「おおっと、大丈夫か?」
「ぐっ! テメェ、俺に何をしやがった……!」
「オレは別に何もしてねぇよ」
「嘘つきやがれ! 現に身体が――ぐうっ……!」
「そりゃ、ろくに訓練もしていないのに強引に『気』を使ったから、反動が来たのさ。ま、しばらくは動けねぇだろうな」
「ぬぐ……身体が重い……だめだ、立っていられない……」
カランと、音がしてリュージの手から包丁が落ちた。
わずかに遅れて、リュージの身体もドサリと音を立てて地面に倒れ伏す。
極度の疲労に襲われたリュージは、すでに指一本動かせなくなってしまっていた。
それでもリュージは、今にも飛びそうになる意識を、怒りと憎しみによって必死に繋ぎとめる。
(復讐だ! 復讐をするんだ! 姉さんとパウロ兄の仇を取るんだ!!)
そんなリュージの顔の前に、大柄な男がしゃがみ込んで言った。
「『気』ってのはな、言ってみれば生命エネルギーのことだ。つまり今のお前は生きるために必要な力を、ほとんど使い果たしちまったってわけさ」
「ぐっ……だからなんだ!? 俺は、俺はこんなところで倒れてるわけには……姉さんとパウロ兄の仇を、とらないといけないんだ……!」
「あーそっか、復讐か。でも残念。相手が誰だか知らねえが、お前みたいな子供じゃとても復讐はかなわねぇよ。そんなチンケな包丁一本で何ができるってんだ? 返り討ちにあうのが関の山だ」
「それでも、それでも俺は……仇を……うっ、2人の仇をとるんだ……!」
「無理だな。ただの無駄死にだ」
「たとえ無駄死にでも、俺は姉さんとパウロ兄の仇をとるんだ……!」
惨めに地面にはいつくばって、自分の無力を痛感して涙しながら。
それでも目には悪鬼羅刹のごとき憎悪の光をともし続けるリュージにとって、
「だからオレがお前に、戦うための力を与えてやろう」
その言葉は、地獄に差した希望の光に他ならなかった。
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