第五幕 手がかり
「何故そのような事がわかる。まあそんなことはどうでもいいんだけど。」
またも心の奥を見透かされそうな気恥しさから私はつい話を逸らしてしまった。
「実はですね、僕もそうなんですよ。なんというか、今ある自分は本来あるべき自分ではないのではないか、と。」
冗談を言っているのか否かの判断を妨害する専用のジャマーのようなものを隠し持っているのではないかと思うほどに軽快且つ、それでいて全く真意が読めぬ彼の物言いからは珍しく、微塵も混じり気のない真剣な眼差しで彼は言った。
「と、言うと?」
私には痛いほど身に覚えがあったがあえて問いた。
「またまた。私にはこの体で過ごした記憶が長く存在する。しかしながら最近思うのだ。この体が私にはどうも窮屈だと。比喩的表現ではあるがこの表現意外にないと言った具合に窮屈なのだ。確かに今存在しうる私のこの体がであるぞ。」
「窮屈…か。」
「いかにも、それに最近気になることが山ほどある。特に毎夜決まった時間になると、そうだなぁ、ちょうど月が東の岩山をまたぐ頃。唐突に、且つ耐え難く訪れる頭痛と前足の痛み。何かが突き刺さるような。突き抜けるような。前足を突き刺したその小さな悪魔は嘲笑うように私の体内を這い上がり、そして脳の深部に飄々とちょっかいをかけるのだ。」
淡々と話す彼の言葉は私の海馬をまるで言を成す幕末の警備隊のごとく捜索してまわった。
「驚いた。たった今君の証言に記憶を引きずり出されたのだが、私はあの湿っぽい薄暗さの中ただ必然のようにニャーニャーと産声をあげていた訳では無い。私は前足から伸びる激痛にニャーニャーとただのたうち回ることしか出来なかったのだ。」
今までおとぎ話でも語るかのように恭しく話していた彼の表情が一瞬固く、そして冷たく裏返った。
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