第四幕 〝猫〟

私は少し疑問に思いながらもただなされるがままにヒト科のメスに撫でられることに満足感を得てさえいた。するとどこから現れたのかいつの間にやら私の他にもう1匹、そのヒトの空いた左腕に猫が擦り寄っていた。その猫はどうにもヒトに可愛がられるのに慣れているような素振りで、こうであろう?と言わんばかりにどうすればヒトが喜ぶのかを心得ているようだった。これ程までに世渡りの上手そうな猫がいるものかと感心していると、おもむろにその〝猫〟が話しかけてきた。

「にゃーご、にゃーご」

私は愕然とした。ヒトの言葉でさえ理解してきた私が同種である猫の言葉が分からない?すると間髪入れずに〝猫〟が続けた。

「冗談です。僕の名前はハルト。よろしく。」

にゃーごにゃーごに続くとは思えぬほど模範解答のような妙に味気のない挨拶に私は困惑したものの、久方ぶりのコミュニケーションというものに些細な違和感をかき消す程のことは朝飯前であった。

「冗談じゃない。私は今実に短時間ながらも確実にこの後の人生に落胆し絶望したんだぞ。」

〝猫〟は続く。

「はっはっは。悪い悪い。唐突に君。名前は。」

私は続ける。

「名前はまだ無い。既に思い出せないと言った方が近いのかもしれない。」

猫に眉毛のような器官があるとするならばピクリと動かしているであろうその〝猫〟は少し考えたあと数拍置いて口を開いた。

「難しいことを仰る。それではまるで生まれたての子猫、あるいは死にたての老猫。とでも言ってるようではないか。しかし僕には分かる。この怪異な文章と同じくらい、君は君自身に違和感を覚えている。」

「……」

「違いましたか?」

私は私自身も認識していなかった潜在意識を見透かされたような感覚に羞恥心と恐怖心を覚えたが、同じく社交性とユーモラスの合間から漏れ出す知的で不思議な印象により、この〝猫〟に強い興味と厚い好感を感じるのにはあまり時間は要さなかった。

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