拙者のこんぴらさんが断つ!!

 萌香達が突入したビルの内部は、不自然に天井が高く、壁以外に柱もない広大な空間となっていた。


 素早く全員が状況を把握していく。


 広大な部屋の破壊された入口は、既に修復されてしまった。

 入口の左側には、二階へ繋がる大きな階段があり、上方から瘴気の気配が大量に近づいてきている。

 また、部屋の奥側には通路の入口が見えている。


 そして、部屋の中央には、ボロボロの鎧を着て、刃毀れが激しい刀を持った強大な瘴気を放つ骸骨が立っている。


 その妖魔を見た桜は、感心したような顔で呟いた。


「うーむ、妖魔にしてはなかなかの武者ぶりでござるなぁ」


 対して、萌香はゲンナリした顔で呟いた。


「ショートカットは成功したけど……いきなり大物じゃん」


「あちゃー、呪物付きの守護者っすね。

 まぁ、邪術師ならではの強化方法っすけど……短時間で暴走して、異界のコントロールを絶対外れるっす」


「はは〜ん。つまり、アタシらの侵入を知った最初から、使い捨てのスーパーボスを用意してたってワケ?

 アタシらがショートカットする前なのに、全力出し過ぎでしょ……よっぽど召喚を邪魔されるのが嫌ってことかぁ……」


 霧子の説明に、萌香は相手が最初から緊急手段を用いてまで、時間稼ぎに徹していると察した。


『ゥゥ……ゥ……』


 武者は顔だけを萌香達に向けながら、ジッとその場に佇んでいる。


過剰強化オーバードーズした守護者が結界を守っているということは、やっぱり地下が本命みたいですね」


 雪姫が武者の後ろで結界に遮断された通路を確認して告げると、


「なれば、是非もなし。

 妖魔とはいえ武士でござれば、拙者が冥土の手向けに、一手馳走ちそうつかまつる」


 フラリと力むことのない自然体で、桜が萌香よりも前へ進みながら宣言する。


 その表情は普段眠そうな眦が吊り上がり、鋭く凛々しい武威を放っていた。


 萌香は桜の様子に苦笑を浮かべると、全員に作戦変更を伝えた。


「サッちゃんやる気だね〜! 

 よし、フォーメーション変更、サッちゃんを全力でフォロー!!

 上から来てるヤツらを足止めするよ!!」


「分かりました」


「ゾロゾロ来るっすよ」


 桜以外が、二階に繋がる階段へと弾けるように動きだす。


「モカ殿、かたじけない……。

 さて、この霊圧、強度は4といったところでござるか?」


 一人残された桜は、スラリと腰から刀を抜くと、武者妖魔に何気ない足取りで近づいていく。


 そして、武者妖魔の間合いに入る瞬間、


 ガギンッ!!


 凄まじい速度で肉薄してきた刃毀れした刀の一閃を、両手で握った幅の広い刀──段平で受け止めることになった。


『ウア……ア……キ……ル』


「おぉ!?」


(深度6とはいえ、妖魔がこれほどの歩法を使うとは……斬撃にも術理を感じるでござるな……)


 桜は鍔迫り合いをしたまま、瘴気と共に怨念を撒き散らす武者妖魔を観察すると、感心した様子で考えながら、


 ドガッ!!

 と、鋭い蹴りを武者妖魔の鎧に直撃させて距離をとった。


 吹き飛びながらも態勢を崩すことのなかった武者妖魔は、着地と同時に再び高速移動で桜に切り掛かる。


『キラ……セロォォ……アァァァァ!!」


──ヒュン、ヒュン、ヒュヒュン……。

 と、風切り音を響かせながら、無数に繰り出される武者妖魔の斬撃を、桜は身体からダラリと力を抜きながら、涼しい顔で躱わしていく。


「うーむ?」


(名のある侍を写した妖魔を召喚したのかと思いきや、違うでござるな……。

 キレの割りに動きが固く、見切りに弱過ぎるでござる。

 やはり、カラクリの種は呪具の刀と鎧……妖魔を器として、呪いに魂を呑まれた過去の所有者達が振るった技を再現している、といったところでござるな……)


 武者妖魔の仕組みを看破した桜は、溜息混じりに眠そうな顔となって言った。


「やれやれ、芸としては面白くとも、いくさとしてはイマイチ故、仕舞いにするでござる」


 キンッ! ドシャ……。


『ゥ……ァ……?』


 硬質な音が響いた後に、重いモノが落ちる鈍い音がする。

 瞬きの間に、武者妖魔の後方へ刀を振り切った桜が移動しており、鎧ごと上半身を断ち切られた武者妖魔が倒れる。


「まぁ、ツギハギの武士モドキなら、この程度でござるな。

 少々、期待外れでござるが……む!?」


 素早く振り向いた桜が警戒する。

 地下から武者妖魔へと、チカラが流れ込んでいくのを感じたのだ。


『オオォォアァァァァ!!』


 そして、断ち切られた鎧が引き合うように繋がり、修復されていくと、何事もなかったかのように、刃毀れした刀を掴んだ妖魔が立ち上がった。


「腐っても深度6の守護者……呪具の呪いを断ち切らねば、呪われた妖魔も死なぬ、ということでござるか?

 耐久ごり押しなら、芸としても面白くないでござるが、これは……」


 桜はチラッと萌香達の様子を確認したが、彼女達は階段を氷の壁で塞ぎ、既にいつでも援護に入れるよう態勢を整えていた。


 桜の視線に気づいた萌香が、腕を回しながら叫ぶ。


「サッちゃん、巻いていこ〜!!」


「むッ!? ぬかった……そういえば、作戦は速攻でござったな。少々、後手を踏み過ぎたでござるか?」


 明らかに復活してからの武者妖魔は、瘴気が増していた。

 また、猪突猛進で切り掛かって来た先ほどとは異なり、ジリジリと間合いを詰めながら隙を窺う立ち回りをし始めていた。


『ツワ……モノ……シアエ……』


(白骨は召喚術師であり、異界の主……強引に召喚対象へチカラを注ぐことも、敢えてこともできる、という訳でござるな……)


 守護者は守護対象を最優先に行動するため、戦闘手段がパターン化し易い。

 武者妖魔の場合、結界がある奥へと近づいて来た桜の排除を最優先として、最短距離での攻撃パターンを繰り返していた。

 しかし、現在は守護者でありながら守護の任を解かれたため、妖魔の本能による敵対と呪具の戦闘経験が調和しつつあった。


「これからの方が面白くなりそうでござるが、致し方ない……《護法刀術師 金刀毘羅桜》、推して参る」


 桜が再び凛々しい顔で【名乗り】を上げると、青白い霊力の波動が身体中から迸り、右手で持った刀の幅広い刀身に、薄っすらと輝く金の装飾で描かれた蛇が浮き出てきた。


 その金の蛇を左手の指先でなぞりながら、桜は静かに呪文を呟く。


「〔こんぴらさん、助けてつか〕」


 シュルルル……。


 すると、刀の周囲に蛇が纏わりつくような水の螺旋が出現し、刀身全体へ吸い付くように圧縮されて極薄い水膜となった。


 桜は僅かに金の煌めきを放つ薄青い刀を、大上段に構える。


「〔切捨御免〕!!」


 そして、間合いの外側からジリジリと近づいて来る武者妖魔に向かって、袈裟斬りに鋭く振り下ろした。


『ッ!?』


 武者妖魔も、呪具が危機に反応したのか、刃毀れした刀で咄嗟に防御態勢となるが、


 ズパンッ!!

 と、刃毀れした刀と鎧ごと再び断ち切られてしまった。


 その斬線には、薄っすらと細かな水滴が煌めいている。


 倒れ伏した武者妖魔へと繰り返しチカラが流れ込もうとするが、刃毀れした刀と鎧に付着した水滴が僅かに金色の輝きを放つと、急速に呪具が錆びつきボロボロと崩れ始めた。


 金刀毘羅桜──武士口調を崩さない退魔士の少女は、四国の護法系退魔士一族の血筋であり、【金刀毘羅流護法剣術】にて霊刀を振るう凄腕の剣客である。

 そして、桜が振るう[霊刀こんぴら]──金色に輝く蛇の装飾が美しい段平の霊装には、破邪の特性を有する神力水を纏う能力があるのだ。


「呪いに堕ちた憐れなる戦人いくさびと達よ……。

 お主らを冥土へ送った拙者の秘技は、【金刀毘羅流護法剣術】──〈流し斬り〉……でござる」


 音もなく刀を鞘に収めた桜が、囁くように呟くと、


『カタジケ、ナイ……ガ……シオカライ、ナ……』


 武者妖魔から掠れた怨念の返答と共に、大量の瘴気が霧散していく。


「すまぬが、こんぴらさんは海の神故、末期の酒とはいかぬでござる」


『オォ……ワレ、ラノ……シニミズ、ニハ……オソレ、オオイ……アリガタヤ…………』


 完全に呪具の瘴気が抜けたと同時に、守護者本体である骸骨も消滅していった。


「サッちゃん、お疲れ!」


「流石は桜さんです」


「C級中位の妖魔を一撃で倒せるC級の退魔士とか詐欺っすよ?」


 桜の戦闘が終了したことで全員が集まり、結界が消失した通路へと向かう。


「あの守護者は、なかなか小細工が上手かったでござるが、付け焼き刃なのも間違いなかったでござるよ。

 呪具の耐性に強度を、親和性に深度を割り振ったことで、妖魔自身の地力はお粗末になってござった。

 瘴気や霊圧に反して、技のキレを除けば、C級も怪しかったでござるなぁ」


 歩きながら告げられた守護者に対する桜の感想に、霧子が唸る。


「むう、なるほどっす。

 やっぱり瘴気濃度や界層Lvだけで妖魔の戦力を測りきれないのは、調査員としては歯痒いっすね……」


「まぁまぁ、"神秘"なんて例外合戦なんだから、気にしてらんないでしょ?」


 見立てを誤って悔しそうな霧子を萌香が慰めようとするが、


「モカちゃん、それを言ってしまうと……」


「モカ殿、間違いではござらんが……」


「いいんすよ……。どうせ、協会の神秘調査官なんて異界の鍵開けと罠解き、後はマップ用の盗賊職っす。

 夜鍋して纏めた"神秘"の調査結果なんて想定外が前提の参考資料扱いっす……」


 遠い目になった霧子が達観してしまった。


「いやいや、キリちゃんの調査めっちゃ助かってるから!!

 今回も白骨ナントカの召喚術を丸裸にしてるんでしょ?」


 焦りながら萌香が問い掛けると、露骨に霧子は顔を逸らせる。


「面目ないっすが……昨日の今日では調査不足は否めないっす。

 白骨野天が人界で行った悪事も、裏社会の"神秘"抗争に対する用心棒程度っすから、死霊系召喚術師ということ以外は……」


「典型的な秘術師の落ちぶれ方じゃん……」


「あぁ! 一つだけ邪術師に指定される前の情報が残ってたっす。

 確か、本人は白骨一族を出奔した理由を、感性の違いだとか言ってたらしいっすね」


「感性でござるか?」


「よく分からないですね?」


 通路の先にあった地下への階段を降りながら、萌香は納得顔で頷いた。


「はは〜ん、なるへそ。

 白骨一族でホラー系バンドを組もうとしたけど、一人だけハブられたから、出奔したワケだ……そうでしょ? 白骨野天!!」


 そして、最後の階段を降りて地下空間に入った萌香は、前方の人影に向かって指を差しながら、堂々と謎の推理を宣言した。


「違うわ!! なぜこの俺が音楽性の違いでハブられねばならんのだ!? 白骨のど自慢大会の優勝経験者だぞ!?

 ……いや、そんな話はどうでもいいわ!!

 この俺の野望が満たされようとしている時に、厄介な退魔士共が現れおって……何処から嗅ぎつけた?」


 指を差された人影──白骨野天は怒り狂いながら叫び返した声は、広大な地下空間でも萌香達に不思議なほどよく聞こえた。


 野天が立っているのは、一階よりも広大となった地下空間の最奥にそびえ立つ、巨大な魔法陣が刻まれた石版の前であった。

 その姿は地味な黒いローブの典型的な魔法使いスタイルで、漆黒の宝石が付けられた長杖を右手に持っている。


「ふ〜ん、やっぱりアタシらの会話を聴いてたかぁ」


「異界の主でござるからなぁ」


「私達の手の内が少し漏れてますね」


「確認手段が適当過ぎるっす……」


 百メートル以上離れた野天が萌香達と会話できているのは、"異界の主"である証であった。

 挑発されたと気づいた野天は、すぐに冷静さを取り戻すと、油断のない目つきで招かれざる侵入者達を観察している。


 緊急依頼の目的である野天を捕縛するために、地下空間を進み始めた萌香達だったが、空間の中央付近で立ち止まる必要があった。


「時代遅れの本家共が、ハイセンスな俺を消しに来たのか……?」


 今も考え込んでいる野天との間に、最後の守護者がいたからだ。


「妖魔じゃない……正規の召喚獣かぁ」


「コレはまた大物でござるな」


「C級の召喚術師が扱えるのですね……」


 ソレはドラゴンの骨であった。

 まるで、博物館の巨大標本であるかのように、地下空間の中央で、全長二十メートル近い翼のない地竜型のスカルドラゴンが座していたのだ。


「因みに、白骨家の伝統的には、門番だったガシャドクロの怪異の方と契約するのが、一人前の証だそうっすよ」


 《雪月花》の三人組に霧子が補足説明をした瞬間、再び野天が叫び始めた。


「ガシャ、ドクロだとぉ!?

 ……お前達も、白骨ならガシャドクロを使えというのかぁ!?

 本家のクソ共がぁ! ちょっとばかり、魔力が足りなくて動きが鈍かったからと、ネチネチ言いやがって……何が『貴様の器にドラゴンなど無理だ。コスパ的にもガシャこそ至高、契約し直せ』だぁ?

 巫山戯るなぁ!? デカいだけの骸骨など門番でもしてればいいんだよぉ!!

 誰が何と言おうとも……俺のフェイバリットモンスターはぁ!! スカルドラゴンだぁ!!」


 いきなり沸点を振り切って怒る野天に、萌香達は顔を引き攣らせた。


「また、秘術師あるあるかぁ」


「名門はコレがあるでござるからなぁ」


「感性の違いですか……身につまされます」


「召喚術の契約は魂の波長が重要っすから、偶然、力量以上のスカルドラゴンと契約できたんすね……まともには使えなかったみたいっすけど」


 なぜか同情する三人組とは異なり、霧子は目の前の骨格標本を見ながら、容赦なく推測を告げた。


 その言葉通り、静かに座しているスカルドラゴンの眼窩には、薄ぼんやりとした青白い焔が揺らめいているが、その勢いは弱く、動く気配もなかった。


「使えねぇって言うなぁ!!

 この異界で、混沌のチカラで、俺のスカルドラゴンは完成するんだよぉ!!」


 しかし、野天が長杖を振り上げると、背後に聳え立つ石版の魔法陣が濁った紫色に輝いて、スカルドラゴンへと異界のチカラを注ぎ込んでいく。


『GRAAAAAAAR!!』


 ガチャガチャガチャガチャ!!


 チカラを注がれた眼窩の焔が濁りながらも勢いを数倍に増すと、骨を盛大に鳴らして怨念を叫びながら、スカルドラゴンが立ち上がり始めた。


「ユキちゃん!!」


「はい!」


 ズダンッ! ガキンッ!!


 萌香の指示で早撃ちした雪姫の銃から、不釣り合いに巨大な氷の弾丸が射出されるが、


「やっぱり骨トカゲも守護者で、野天は核の結界内かぁ……」


「かなり堅いです。術師狙いは難しいですね」


「なれば、動きだす前に仕留めるでござる」


 ズパン!!


 いつの間にか、刀へ水を纏わせていた桜が、スカルドラゴンを眼窩の焔ごと一刀両断するが、


『GRAAAAAAaaaaaaa!!』


 白煙を上げ始めた骨の切断面が漆黒に染まり、触手のような闇が無数に生えて断面同士を繋げることで、傷痕を黒く染めながらも修復してしまった。


「無駄だぁ!! あの急造品と一緒にするんじゃねぇ!!

 俺のスカルドラゴンは最強無敵なんだよぉ!!」


『GRAAAAAA!!!!』


「うわ、散開!」


「む!」「まぁ!」「避難するっす」


 ズドォン!!


 更に濁りを増した青黒い焔を燃やすスケルトンドラゴンは、長大な骨の尻尾を萌香達に向かって叩きつけた。


「どうだぁ、理解したか!?

 ドクロより、ドラゴンの方が、カッコいいだろうがぁ!!」


 野天が叫ぶ中で、ドラゴン特有の威圧を放つ死霊の怪異──スカルドラゴンと、C級退魔士チーム《雪月花》の本格的な戦闘が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る