アタシの万代拳が砕く!!

「やぁ!! 君達、めっちゃ可愛いね? この連休は暇? 時間あるなら、オレらと遊ぼうぜ!」


「「遊ぼうぜ!!」」


「あぁん!?」


「「「ヒ、ヒィッ!?」」」


 ゴールデンウィーク初日の午前中、東京の繁華街に近い駅前で、ナンパ目的の青年たちが派手なメイクの女子高生に、メンチを切られて逃げていく。


「けっ、こちとら勤労ギャルなんだよ……連休も遊んでる暇なんかねぇっつうの!!」


「世知辛いでござるなぁ……」


「あの、早く依頼を終わらせることができましたら、ウチの系列でエステを予約しますけど……」


「……マ?」


「有りよりの有りでござるなぁ」


 派手なギャルメイクに改造セーラー服を着て、デフォルメされた小さなカエルのリュックを背負っている、茶髪の小麦肌で表情豊かな女子高生。


 一見男装にも見えるスポーティな服装を着て、両手をズボンのポケットに入れている、黒髪ポニーテールの鋭いまなじりを眠そうに細めた武士口調少女。


 白系の上品なブランドコーディネートを着て、真っ白な日傘をさしている、銀髪の清楚で色白なお嬢様。


 人通りが多い駅前で集まっている、個性溢れる美しい少女達には、当然ながら注目が集まっていた。


──ジ……ジジ……。


 しかし、ナンパ目的の青年達が退散してからは、潮が引くように彼女達の周囲から人気ひとけがなくなっていく。まるで、世界から彼女達周辺だけがしまったかのようであった。


「モカさん、一般人を威圧するくらいなら、【人避け】を使ってください……って、何度も言わせないで欲しいっす!」


 いつの間にか、モカと呼ばれたギャル女子高生の傍らに、パーカーのフードを被って顔が半分以上隠れた小柄な少女が立っていた。


「キリちゃん、乙!!

 いやぁ、アタシって隠密系は道具頼りだからさ〜」


「霧子殿、お早うでござる。

 拙者は任務前に余計な消耗をしたくなかった故……かたじけないでござる」


「霧子さんお早うございます。

 私はあまり目立たないから、つい忘れてしまいました……」


 少女の出現に驚いた様子もなく、三人は適当な挨拶兼言い訳を告げるが、


「桜さん、雪姫さん、お早うございますっす。

 お二人もいつも通りっすね……。

 まぁ、も済んだっすから、テキパキいくっすよ?」


 そう言って軽く流したパーカーの少女──由布院霧子ユフインキリコは、腰に着けているポシェットから情報端末デバイスを取り出すと、すぐに起動させるのだった。


「りょ!」「ござ!」「……わか?」


 そして、三人組が敬礼する様子に、フード越しのジト目を向けながら、霧子はデバイスに記録された情報を説明し始める。


「……はぁ、昨夜本部が伝えた通り、本日の依頼は緊急依頼っす。

 相手の拠点である異界の特定に手こずって現地集合になったっすけど、一応依頼内容を確認しておくっすね」


「えーと、草津萌香クサツモエカ金刀毘羅桜コトヒラサクラ蔵王雪姫ザオウユキヒメが所属するC級退魔士チーム《雪月花セツゲッカ》は、[禁忌指定秘物]の所持容疑で、C級指定邪術師《外法召喚術師 白骨野天シラホネヤテン》を捕縛すると共に、秘物を回収くださいっす」


「C級邪術師の白骨野天……ねぇ?」


「白骨一族は召喚術師の名門でござろう?

 C級程度ならば、一族の不始末で協会に助力を頼むとは思えぬでござるが……」


「蔵王でも、できるだけ秘密裏に処理すると思います……」


「それは今回の回収対象である秘物が[混沌の欠片]だからっす」

 

「「「あぁ……」」」


「そう言えば、昨日の夜からジェローナさん浮かれてたわ」


「そうでござったなぁ」


「確かに"混沌災害"の対処は、協会の管轄ですが……私たちのチームだけでいいのですか?」


「まぁ、いつもの協会から錬金術師様への忖度もあるっすけど……それ以上に、ここ数日は上の方が騒がしいみたいで、B級以上のチームはほぼ出払ってるっすね。

 C級の皆さんは連休フル稼働確定っすよ」


「ちょっと、ウソでしょッ!? つーか、マジで"混沌災害"でも予知されたんじゃないの!?」


「そこまでの情報は下っ端調査官には降りてきてないっすね。

 ただ、少なくとも、今回の欠片は災害が起きるような強度ではなさそうっす」


「……ソレって、単にアタシらが死ぬほど危ないだけってこと?」


「そういうことっす」


「輪をかけて世知辛いでござるなぁ……」


「協会の人手不足は深刻ですから……」


「因みに今回の緊急依頼の報酬は、錬金術師様の希望で現物払いっす。

 『ツケの清算に当てとくわ』とのご伝言ですが……協会は関知しないため、個別報酬はそちらで交渉してくださいっす。

 では、現場まで案内するっすよ〜」


「はぁ?」「ござ?」「まぁ?」


 三人は顔を合わせると一斉に頷いた。


「「「……さっさと終わらせてエステに行ってやる!!」でござる」ですね」



 駅から繁華街とは逆方向へ進んだ先にあるビル街の一角に存在する古びたビルは、元々ポッカリと穴が空いたように人気の少ない場所であった。


 しかし、現在のビル周辺は、修正力の応用で存在の"認識"をずらす秘術──【人避け】によって完全な無人となっている。


 敷地外でチームの戦闘準備を確認した後、目標が拠点としている古ぼけたビルを見上げながら、細かな装飾が施された金属籠手を嵌めた萌香は尋ねた。


「召喚術師ってことだけど、相手の戦力は?」


 この場所に到着してすぐに座り込み、ビルの敷地である境界線へ向けて両手を翳し続けていた霧子が、時折地面に置いたデバイスを確認しながら答える。


「どうやら人界の非合法組織を転々としながら、一匹狼を気取っているみたいっすね。

 だから、召喚師である白骨の拠点戦力として予想されるのは、異界のリソースを使って召喚されたモノだけっす。

 今回は伝手で仕入れた秘物を使った召喚実験が、に引っかかったみたいっす」


 予知、という言葉を聞いた三人組の顔が渋面になる。


「うげっ、ヤバいのが出てくるの?」


「いえ……使われる欠片が小さいので、それなり程度みたいっすが……」


 幅のある刀を腰に差した桜が、不思議そうな顔をする。


「それなり程度の"神秘"が予知されたでござるか?」


「どうにも混沌関連がセンシティブのようで、感度を上げているみたいっすね。

 今回は極小のを考慮して、緊急依頼に捩じ込まれたっす」


 緊急依頼の裏事情に、腰へホルスターを巻いた雪姫が頷く。


「召喚なら"大外れ"を引く可能性もありますか……。

 それでも、相手が予知を想定していないのなら、奇襲にはなりそうですね」


「確かに奇襲できるなら有利だし、どっちにしろ速攻一択だけど……。

 邪術師の拠点に突入して、切り札を出される前に制圧? ……無理くさくね?」


「まぁ、速攻することで不完全な召喚を誘発させるのが限界でござろう。

 倒した後で、媒体となった秘物を回収するパターンでござるな」


「ガチ確定か……。じゃあ、基本はアタシで、サッちゃんは奇襲警戒とフォローお願い。ユキちゃんは大物用に温存ね。

 キリちゃんは侵入と罠だけよろしく」


「いつも通りでござるな」

「大きいのは任せてください」

「うっす……あ、丁度行けそうっすよ」


「おぉ! 流石キリちゃん、頼りになるね。

 遠慮なく開けちゃって、どーぞ!」


 霧子が翳していた両手を横に開いていくと、ビルの敷地との境界線に濃い霧が輪となった歪み──異界の入口が現れた。


「開いたっす」


「そんじゃ、いくよ! 《雪月花》、ファイッ!!」


「「オーッ!!」」


「掛け声はやっぱりそれなんすね……」


 霧子の呆れた声を背に、三人組は異界の入口を潜る。

 C級退魔士チーム《雪月花》が異界攻略を開始した。



 萌香達が異界に入っても、周辺の景色は人界とほとんど変わらなかった。


 ただし、ビルの敷地外は異界の果てであるため、景色が揺らめいており、異界の境界線とビルの間は、十倍以上人界よりも拡張されている。


 広場のようになった空間には、ビルの出入り口を守るように、一体の化け物がいた。

 その化け物を見た萌香が眉を顰める。


「あの瘴気……怪異じゃなくて、妖魔だね」


 その姿は三メートルほどの骸骨であり、眼窩に青黒い焔を揺らめかせて、全身から薄い瘴気を漂わせている。

 その化け物は、ガシャドクロと呼ばれる妖魔であった。


「多分、召喚コストを下げるために、意思ある怪異を調伏するのではなく、核を通して異界に召喚した妖魔をコントロールしているっす」


 異界に入った瞬間から忍び装束を纏っている霧子が告げると、


「オーソドックスでありながら、危険な外法でござるな」


 スポーティな姿から着流しに変わった桜が応じた。


 因みに、雪姫の姿は雪の結晶があしらわれた銀の装飾が特徴的な白いドレスであり、萌香だけが改造セーラー服のままだった。


「召喚者だけ認識しないとかの条件で縛るのがセオリーっすね」


『オ……オオォォ……』


 ガシャ……ガシャ……。


 霧子が説明を続けると、萌香達に気づいたガシャドクロが動き出すが、その動きは緩慢だった。


「遅っ!? ……あれ? そういえば、なんで昼の警備にガシャドクロ? 相手は死霊術師だったっけ?」


 幽霊や妖怪など、霊格が高くない怪異の多くは、"認識"の影響により、日中の動きが大幅に制限される。


「白骨の召喚術は、死霊系統に特化しているっす」


「特化したら別系統になる、秘術師あるあるかぁ……」


「骨でござるか、突きはイマイチな相手でござるなぁ」


「私の秘術も相性は良くないですね……」


「うーん、よし! 速攻可能な強度か、搦手なしのタイマンで様子見るね!」


 そう宣言するが早いか、単独で萌香が走り出す。

 薄っすらと全身を赤く輝かせながら凄まじい速度でガシャドクロの足元に近づいた萌香が、そのまま右脚の骨を殴りつけた。


 ゴシャッ!!

 と、鈍い音が響き、ガシャドクロの骨にヒビが入る。


「ん? 思ったより硬い? ……おっと」


『オォォアア!!』


 緩慢な動作で腕を振るうガシャドクロの足元から飛び退いた萌香は、分析を始めた。


(推定強度2ってとこかな?

 その割には弱いような、硬いような?

 うーん? 死霊系はタフだから、これくらいな気も……。まぁ、いいや。

 そんで、瘴気が少し濃いけど、死霊特効の聖水は必要ナシ。

 だけど、殴るだけじゃ速攻は無理……時短を兼ねて、最後はかさねを頭に叩き込んでみようかな)


 一撃の手応えで戦力を把握した萌香は、ガシャドクロの背後に素早く回り込むと、勢いよく飛び上がり、


「〔二撃一殺……〕」


 ゴゴッ!

 と、左右の籠手を赤く発光させながら、ガシャドクロの後頭部に二連撃を叩き込んだ。


 拳と共に後頭部へ流し込まれた赤い光──気力が波のように浸透していく。

 そして、左と右の二度、別方向から流された気力波が、焦点である頭部の中心で集中、増幅、爆発する。


万代流ばんだいりゅう──〈かさね〉!!」


 ドゴンッ!


 萌香が着地するのと同時に、ガシャドクロの眼窩で揺らめいていた焔が、気力の爆発によって頭蓋骨ごと吹き飛び、


 ガシャン!


 頭を失ったガシャドクロの骨格が崩れ、すぐに端から消滅していくのだった。


「うし! 絶好調!! ギャル最強!!」


 油断なく周囲を警戒しながらも、萌香が明るい声をあげる。


「相変わらずキレのいい動きでござる」


「でも、瞬殺するには、モカちゃんの重ねが必要ですか……」


「ちょっと、詳細測定してみるっす」


 そう話しながら、侵入口に残されていた三人は萌香へと近づいていった。



「十分速攻で行けそうかな? 門番にしては雑魚だったけど……」


 ビルの入口前で萌香が全員に確認すると、雪姫が少し考えてから答えた。


「……C級の術師一人で維持しているなら、異界の核で補助をしても、強度限界は低いと思います」


「異界の景色もそのままでござるからな」


「リソースを召喚に注ぎ込んでいる証拠っすね。……あ、異界の詳細測定が出たっす。

 界層の測定結果は……外からの簡易測定と同じLv8っすね」


「ん? あの骨、めちゃ弱い割に硬かったんだけど……。

 もしかして、詳細は2*4で8?」


「いえ、強度1.3の深度6っす……」


「……アレは骨の硬さじゃなかったかぁ」


「深度6、C級の限界深度ですね……」


「6なら、拙者らの秘術に抵抗されてもおかしくないでござる」


「まぁ、強度がクソ雑魚ナメクジだから、倒すのは問題ないよね?」


「ですが、強度2以下にモカちゃんの重ねが必要なのは……」


「なかなかに厄介な拠点でござるな」


 門番が居なくなったビルの入口を調査していた霧子が、手の平の上に薄っすらとした霧を纏いながら告げる。


「自分の術じゃ入口は開かないっすね。それにこの異界は、深度を活かして制約を定めてるっす。

 侵入者へ屋上に登ってから下まで降りさせるルートを造ることで、建物全体の強度を高めてるっすね。ゴールは多分、地下っす」


 そう言って霧子が指を向けた先には、ビルの外側に設置された非常階段があった。


「準備されたルート……疲弊を誘っているつもりなら、基本的に数で押してくるつもりでしょうか……?」


「死霊系統の召喚術とも相性は良さそうでござるな」


「内部の拡張もしている可能性が高いっす」


「秘術に耐性がある雑魚の群れ? しかも巨大迷路で?

 ……ないわ〜。ってことで、ゲロゲロ君にお世話になりま〜す」


 そう言って、萌香は背負っていた小さなカエルのリュック──[収納異界付与鞄:ゲロゲロ君]から、半球状の物体を取り出した。

 それを見た霧子が反応する。


「あ、オッパイ爆弾を使うっすか?」


「オッパイ言うなし!? せめて、餅爆弾と呼んでよね……。

 それで、幾つくらい必要そう?」


 霧子の反応に不服そうな顔をしながらも、萌香は小豆あずき色の半球に小さな白い突起がついた[小型指向性爆弾:爆ヶ餅ばくがもち]の必要数を尋ねた。


「そうっすね……、モカさんの技込みで五個も有れば余裕っす」


「あれ? 以外と少ないね?」


「強度が低い上に、錬金属性なら深度による減衰に耐性があるっす。

 というか、それだけの威力がある爆弾を五個も常備している人なんて、モカさんか、錬金術師様くらいっすよ?」


「任せてッ!! 五個どころか、百個単位で入ってるから!!」


 ガッツポーズをする萌香にフード越しのジト眼を送った霧子は、自分のポシェットを触ると、溜め息を吐く。


「はぁ、相変わらずその鞄の容量はオカシイっすね。羨ましいを通り越して怖いっす」


 その呆れた声に、スン、と真顔になった萌香が悲しげに応じる。


「強制買い取りで借金しているアタシの恐怖に比べたら、大したことないでしょ……」


 萌香の様子に、桜と雪姫が顔を見合わせて相談する。


「世知辛いリーダーのために、正面突破をするでござるか?」


「強度から考えれば、疲労と時間以外の消耗はしないと思います」


「二人ともありがとう。でも、正面突破はナシだよ。

 経費は掛かるけど、アタシはエステに行く時間を取るわ。……それに邪術師へ時間を与えていいことなんかないもんね?」


 二人に振り向かないまま応じた萌香は、そのままビルの入口に歩み寄り、次々と閉じた扉へ爆ヶ餅の平らになった底面を貼り付けていった。


「1、2、3、4、5っと……。

 よし、さっさとやりますか!」


 そして、五個の爆ヶ餅を円状に貼り付けた萌香は、そのまま拳を引いて構えると、静かに息を整えていく。


「〔コォ……〕」


 萌香の息吹に赤い気が混じり、籠手を嵌めた両腕の拳が一際強く輝いた瞬間、


──ドドドドドッ!!


 ほとんど全ての打撃音が繋がって響いた。


 正確に白い突起を狙って潰された爆ヶ餅がひしゃげて一つの円となり、全体が橙色に発光する。


「我流──《万代拳・爆重ばくがさね〉」


 ズドンッ!!!!


 凄まじい爆発がに発生して、ビルの入口を吹き飛ばした。


「よし、開通!!」


 その場の空気が激しく乱れたが、萌香は爆風の影響を全く受けていない。


 萌香の両腕に嵌められた金属籠手──[万能錬金籠手:波羅蜜はらみつ]には、錬金属性の霊具を操作し、効果を増幅する能力があり、[小型指向性爆弾:|爆ヶ餅]の爆発エネルギーを気力を媒介に誘導してのである。


 つまり、萌香の〈我流:万代拳〉とは、錬金術と万代流の術理を合わせた我流の拳術なのだ。


 草津萌香──ギャル系万能退魔士を自称する少女は、武術系退魔士一族の血筋であり、【万代流気功武術】の使い手であると共に、錬金術によって強化されたハイブリット退魔士なのである。


「全員急いで!! 修復にリソースを回される前に突っ込むよ!!」


「承知!」「はい!」「了解っす」


 既に突入態勢だった全員が、吹き飛んだ入口からビルの一階内部へと、急いで駆け込んでいく。


 そして、邪術師の思惑ごと吹き飛ばした萌香達が突入してから間をおかず、逆再生のようにビルは修復されるのだった。

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