僕は厨二病を纏う!!

 星司は右眼を押さえながら、内心で困惑していた。

 混沌から逃れて無限鳥居を脱出できたことは理解できたのだが、己の姿が明らかに変わっていたのだ。


 そして、右眼の疼きと共に、口調までも変化していることに気づいた。


(今の僕、我って言いませんでしたか!?

 服装も変わってますが……僕がゲイザーに贈ったモノと同じですよね?)


──ズキン!! 『クカカ!!』


 再び右眼が疼くと、星司の根幹から、ゲイザーの笑い声と共に望む知識が浮き上がってくる。


(なる、ほど。……なんと言うか、僕の魂の同居人は、オマケに全力ですね?

 【星霊眼】による自我への負担を抑えてくれる……【魂装】? とても、ありがたい能力だとは思いますが……)


『あ〜? おい、セージ……だよな?』


『む? 我が師よ、どうしたのだ?』


『あん!? 我が師? いきなりお前さんどうしちまったんだ!?

 この場所はまぁいいとして、お前さん格好と口調までイカれてるぞ!?

 まさか、無限鳥居を無理矢理抜けた反動か……?」


(え……? あ!? 念話まで、厨二病時代の口調に変わってます!?

 マタさんに事情を……説明するのは、戦場っぽい此処を出てからの方が、良さそうですね……。

 それに、まだ混沌から『視られている』気配が残っています)


 星司の動揺はすでにおさまってきていた。

 【魂装】が発動していることで、今朝から星司が感じていた心を覆う厚みも強化されているのだ。


『クカカ!! 我が師よ、安心してくれ。

 我が変貌にはコトワリがある。

 だが、時ではない……。

 未だ混沌の気配漂う場で、我が深淵を語ることはできぬ故に』


『……お前さん、無限鳥居を抜けた一瞬で、言動までイカれる理由ができたのかよ?

 オイラはそっちの方が、断然ヤバい気がするぜ……。

 まぁ確かに、ココが安全には程遠いってのは同感だがな』


『我らが道を阻みしモノを退けたが……』


『んニャ? あぁ、ぶっ飛ばしたヤツか?

 オイラもやっちまったかと思ったが、仕留めちゃいねぇな。

 それとアイツは恐らく召喚術師だぜ。

 召喚契約までは結ばれちゃいねぇが、オイラ達とぶっ飛ばしたヤツ……じゃねぇな?

 あのイカれたモンを付けられた杖との間に、不完全なパスが繋がってやがるぞ』


『あの杖にも混沌? アレが我らの道を繋げたのか……』


『だな。……状況から見て、あの嬢ちゃん達は退魔士だろうから、ヤツは邪術師……大方、あの混沌塗れの召喚陣で、混沌災害を起こそうとしたってトコロか?

 ククク、それで混沌の真横を通ったオイラ達を召喚してくれたワケだぜ』


『邪術師と退魔士? ……なるほど、ヤツに詫びる必要はなさそうだな。

 クカッ! 確かに我が運命は面白き道へと導かれたらしい……だが、あの召喚陣とやらは役目を終えていないのか?』


 星司達が通って来た召喚陣は、ほとんど陣としての原型を失い、激しく明滅してはいるが、そのカタチを維持していた。


『いや、オイラ達が召喚されて、術師も媒体らしき杖を手放したまま絶賛昏倒中だぜ?

 止まるはず……だが、止まってねぇな』


『ふん、このパターンは知っているぞ……。

 アレが追ってくるのだろう? 我は詳しいのだ』


『アレを召喚対象になんざ、できるワケねぇんだが……オイラも嫌な予感がするぜ。

 ……こういう場合は、イカれた可能性を潰すに限るんだよなぁ。

 今回なら、あのイカれた召喚陣を消すしかねぇが……オイラの見立てじゃ、術師の制御からは独立してやがる。

 それでも、媒体の杖をぶっ壊せば、というカタチを保てなくなる筈だぜ?』


『流石、我が師である』


『……どうにも慣れねぇなぁ?

 だが、この状況でオイラ達が動いちまうと、退魔士の嬢ちゃん達に攻撃されるかもしれねぇぞ?』


(あ、確かにそうですよね。

 あの人達に一言伝えてから……ん? そもそも、僕にあの杖を壊せるでしょうか?

 素手は無理でも、自力発動で【ビーム眼】を撃ってみればいけますかね?

 もし、駄目だったらマタさんに頼むしかないですが……)


「そこの娘ども、ヤツが来る前にその杖を破壊する!!

 我の邪魔をしてくれるなよ!!」


「え!? ヤツ? 杖?」


「モカさん、召喚陣っす!! まだ陣が維持されているっすよ!?」


「なら、私が!!」


 ズダン! シュゥゥン……。

 と、召喚陣に向かって雪姫が氷結弾・大を撃ち込むが、銀色に輝く歪んだ召喚陣を浮かべている漆黒の空間へ触れると、溶けるように消えてしまった。


「ッ!? 氷結弾が消されました!?」


「混沌に呑まれたでござる!

 強度の低い小手先の技では通用せんでござるな……」


 驚愕する雪姫に桜が告げる。

 混沌に触れた"神秘"はカタチを失ってしまうのだ。


「だから杖ってこと!? だったら!!」


 萌香が吹き飛んできた野天と共に転がっている長杖に向かって距離を詰める。


 そして、錬金術で強化されたブーツに赤い気力を纏わせながら、萌香は長杖へ向かって強く踏み込んだ。


「羽根より軽いギャルの踏みつけを、お見舞いしてあげる!!

 コレで終わり……ッ!?」


 ズシュッ……。


 萌香が長杖を踏み折ろうとした瞬間、杖の先端に飾られていた漆黒の宝石から、黒い触手が高速で伸びて、咄嗟に避けた萌香の脇腹を深く抉った。


「がはっ……しくった……」


「モカ殿!? せいっ!!」


 召喚陣を警戒しながら萌香のフォローに動いていた桜が、恐るべき速度で踏み込みながら、萌香を抉っていた触手を斬り飛ばした。


「一旦、退避するっす!!」


 続けて、浮き出るように現れた霧子が、倒れそうな萌香を背負うように支えると、一気に後退していく。


「こんぴらさんなら斬れるでござるが……くっ!? 手数がっ!!」


 桜が長杖に斬りつけようとするが、漆黒の宝石から連続で放たれる複数の触手を捌くために、近づくことができなかった。


 ズダンッ! ダダダダダッ! シュゥン、シュシュゥゥン……。

 と、雪姫が桜の援護射撃を長杖に向けて放つが、黒い触手に全て消されてしまう。


「こちらにも通用しませんか!? なら直接……」


 ビシュウ!! バキッ!!


 雪姫が銃身から氷の刃を形成して突撃しようとした瞬間、黒い触手の隙間を縫って一筋の光が長杖に直撃した。

 杖に亀裂が走り、明らかに黒い触手の動きが鈍る。


「好機なれば、〔切り捨て御免〕!!」


 その隙を見逃さなかった桜が、霊力を瞬時に練り上げて〈流れ斬り〉を繰り出す。


 水流の斬撃が黒い触手を避けながら、長杖の亀裂を切り裂こうとする直前、


 パリンッ!!

 と、ガラスの割れるような音が響き、水流の斬撃が急激に逸れると、黒い触手を数本切り飛ばしながら消えてしまう。


「守護結界でござるか!?」


 バッと、桜が反射的に向いた先では、いつの間にか移動していた野天が、スカルドラゴンの頭蓋骨にもたれながら、ボロボロの姿で暗い笑みを浮かべていた。


「……ギャハッ!」


 そして、その一瞬が致命的な遅れとなってしまった。


「桜さん、避けるっす!!」


「ッ!?」


 霧子の警告を聴いた桜が、振り向く間も惜しんで、瞬時に飛び退る。


 ズズンッ!!


 上方から伸びて来た極太の触手が、直前まで桜がいた場所も巻き込みながら、長杖を呑み込んだ。


「チッ、間に合わなかったか……」


(【ビーム眼】は撃てましたが、威力不足でしたね……。

 右眼の待機時間クールタイムは、まだ大丈夫みたいですが、自力発動でのチャージにも時間が掛かるのは想定外です)


『あの杖を座標にして、召喚陣を強引に通りやがったな……』


 舌打ちした星司が見上げる先で、崩壊しかけた混沌の召喚陣から、極太の黒い触手が長杖のあった場所まで伸びていた。


「う、ゴメン……足引っ張った」

「気にする必要はないでござる」

「モカちゃん、ポーション使いますね!」


 星司の近くでは、退避してきた退魔士チームが、萌香の治療を始めている。


「ちょっといいっすか?

 そちらさんの立場は、退魔士ってことでイイんすか?

 それとも何処かの専属秘術師っすか?」


 スッと、気配もなく星司達の横に現れた霧子が、召喚陣から現れた触手を監視しながら、星司の所属を尋ねてきた。


「……いや、フリーランスだ」


『ククク、まぁ、そうだよな』


「ふり? ……野良っすか?

 え、マジっすか!? いや、それは後で聞くっすけど……協会の加勢義務がないとしても、共闘してくれる感じっすか?」


『我が師よ、受けるべきであるか?』


『星司の好きにしろと言いてぇトコロだが、オイラがこの時点で、嬢ちゃん達の獲物に手を出すのは微妙でな……。

 アレも止まってやがるし、ちょっと待ってろよ』


 そう念話したマタが、ニュッとバイクのカウル部分から猫の姿を現すと、星司以外の退魔士チーム全員を含めて念話を放った。


『おう、オイラはバイクに変化へんげして、このイカれたガキを乗せている、化け猫のマタってモンだぜ』


「「「「ッ!?」」」」


「……少年は使役術師っすか? 

 念話可能な化け猫なら、かなり高位の怪異っすね……あっ!?」


『お、気づいたみてぇだな?

 因みに、このガキに使役されてるワケじゃねぇぜ。

 つまり、オイラも野良の怪異ってことなんだが、ちょいと格が高くてな』


「怪異盟約っすか……」


『あぁ、オイラも猫らしく平穏、怠惰な生活を守りたくてよ……。

 ご想像通り、退魔士の活動に基本不干渉を契約しているぜ』


「共闘は無理っすか……」


『無理というより、微妙だなぁ……寧ろ、今すぐの方が問題ねぇんだが、オイラだってアレと準備もなしにやり合いたくはねぇ。

 それに、どうやらアレはカタチをとるみたいだから、すぐにでもかなり劣化して、お前さん達でも対処可能になっちまう。

 そうしたら楽勝なんだが、オイラは契約で手を出せねぇってワケだ』


「かと言って、自分達が逃げて、そちらに対処をお任せするってワケにもいかないっすね。

 混沌災害の緊急連絡は本部に入れたっすから、少なくとも時間稼ぎは必要っす」


「当然っしょ! 此処で逃げたら乙女が廃るっての……」

「モカ殿、ジッとしているでござる」

「傷口が塞がらないです。ポーションがほとんど効いてません……」


 会話を聴いていた萌香達が近づいて来るが、萌香は小麦色の顔に血の気がなくなっていた。


『錬金ポーションか? ソイツは混沌と相性が死ぬほど悪いからな……。

 誰かがチカラを注ぎ込んで、混沌を祓った方が効果的だと思うぞ』


 マタからの助言に、萌香を除いた退魔士チームが、顔を見合わせる。


「む、なら拙者が……」

「私の魔力なら……」


「いえ、自分がやるっすよ。

 桜さん達は戦いに備えてくださいっす」


 戦力である二人を抑えて霧子が萌香に近づこうとした時、


「ぎゃああああああああ!?!?」

 と、急に野太い叫びが、地下空間に響き渡った。


 萌香に注目していた全員が、声がした方向へ目を向けると、動きが緩慢になった極太の黒い触手がスカルドラゴンの頭蓋骨ごと野天を呑み込んでいった。


『召喚媒体とのパスを辿ったか……オイラ達の方に来るかとも思ったが、順当に近くて強い繋がりを目指したみてぇだな。

 お、混沌がカタチを得るぞ? できれば、不完全な雑魚になってもらいてぇが……』


 マタが念話で解説した通り、異界へと現れた混沌は、崩壊を阻止しようとする原始的な反応の結果、取り込んだ概念によってカタチを得ようとしていた。


 ソレは進化にも似た現象であり、ある意味では新たな生命の創造でもあったが、混沌という"神秘"としてみれば、甚だしい劣化でしかなかった。


 カタチを持たぬからこその混沌が、カタチを得ることで急速に秩序へと寄っていく。

 方向性を得たが故に、あらゆるチカラへの耐性が失われていく。

 混沌に取り込まれた概念が、混沌を取り込んだ概念へと変化していく。


 混沌が取り込んだモノは三つ。

 召喚媒体である[混沌の欠片]を付けられた長杖。

 《外法召喚術師 白骨野天》。

 召喚された怪異であるスカルドラゴンの頭蓋骨及び、残骸となった骨格。


 それらが混沌の中でカタチを失いながら混ざり合い、融合していった。


 そして、混沌がカタチを成した。


『ガアアアアアアアアアアア!!!!」


 極太の黒い触手が膨れ上がり、混沌の闇が咆哮と共に弾ける。

 そこに現れたのは、全高十メートルを越える巨人であった。

 然も、ただの巨人ではない。黒い竜鱗を全身に纏い、頭部も人と竜が混ざっていた。

 ソレは竜人とでも表現すべき姿であった。


 咆哮を終えた竜人が、思念混じりの言葉を地下空間全体へ告げる。


『アア……オレハ……ミタサレタゾ!!

 コントン、リュウ、ヒト、オレハ……シンリヲエタ……シラホネヲ、チョウエツシタ!!

 オレハ《混沌竜人ヤテン》!!

 ソウダ……オレガ……オレコソガ、ドラゴンダ!!!!』


 ヤテンの【名乗り】によって、凄まじい霊圧が周囲に放たれた。


「本当にドラゴンが好きなんだねぇ……」


「モカさん、言ってる場合っすか!?

 自分は治療系がサッパリっすから、全然余裕ないんすよ!?」


「本当なら、アタシが担当なんだから、仕方ないって……。あ〜情けないわ。ぴえん」


 現れたヤテンを見て、呆れた声を出した萌香に、霧子が焦った表情で文句を言う。


 しかし、巫山戯た口調に反して、籠手が外された萌香の手は強く握りしめられ、震えていた。


 その様子を見ながら、厳しい表情を浮かべた桜が、雪姫に確認した。


「ユキ殿、時間稼ぎに付き合ってもらうでござるよ」


 雪姫は両手に銃を握りながら、冷気を纏いつつ頷いた。


「分かっています。混沌が劣化した今なら、全力の氷雪弾で対抗できるかもしれません」


 二人は互いに頷き合うと、萌香を一瞥してから、身体を確認しているヤテンへ向けて、回り込むように走り出した。


(凄いことになってきましたね……)


 覚悟を決めた退魔士達から置いてきぼりにされた星司は、己がすべき行動をハッキリと決められていなかった。


 少し離れた場所では、退魔士とヤテンの全力戦闘が始まっており、余波が僅かに届いているが、周囲を覆っている薄い霧によって受け流されていく。


『我が師よ、この戦いに娘どもの勝算はありそうか?』


『んニャ? 勝つのは、かなり厳しいぜ。

 どうやら、あのギャルっぽい嬢ちゃんがリーダーみてぇだしな。

 霧の結界を張りながら、ドバドバとチカラを注いでる嬢ちゃんも含めて、全員が揃った状態で、ギリギリ押し勝てそうって感じだが……まぁ、増援が来るまで粘るのはイケるだろうよ』


『ふむ、なるほど。我が出る幕はなさそうであるが……、このままというのも締まりが悪い故、できることはやっておくとしよう』


『……お前さん、さては口調が変わっただけで、律儀な性格やらの中身は全く変わってねぇな?』


『無論よ。我が本質は変わらず』


『ククク、それなら好きにすればいいぜ。

 アレがカタチを得た以上は、お前さんのお守り程度なら、今のオイラだけでも十分だからな。

 ……で? 今度はどんなイカれたことを始めるってんだ?』


「ふっ」


 スタッ。

 と、マタと念話を終えた星司は、足がつかないバイクから飛び降りた。


「まずは、〔視るは知る〕」


 そして、呪文を唱えながら【霊視眼】を自力発動させた。


(杖も壊せなかった【ビーム眼】じゃ、援護にもなりそうにないですから……混沌で受けた怪我の治療を【霊視眼】で補助してみましょう。

 父さんに憑いてた呪詛みたいに剥がせるかもしれません)


 星司は右眼のチカラを少しずつ高めながら、萌香に近づいて傷口を観察した。


「ふむ。視える……か」


 そこには呪いの濁った黒色とは異なる、呑み込まれそうな深淵の闇が、肉体の一部を侵蝕していた。


「な、なんすか? 今は邪魔しないでくださいっす!!」


「悪いが、我の右眼が疼くのでな。

 少々、手を出させてもらうぞ?」


 そう言った星司は、無造作に傷口へ触れると深淵を引き剥がした。


「ふむ、コレが混沌であるな?

 〔知るは触れる、触れるは障る〕か……、確かに、なんとも奇妙なチカラだが……」


──ズキン!!


「くっ!? なるほど、時間がないか……」


 右眼の疼きが強まった星司は掴んでいた混沌を放り捨てると、再び傷口から残りの混沌を引き剥がした。


「ふむ。全て取り除けたようだな。

 フードの娘よ、これでポーションとやらも、効くのではないか?」


「はっ!? えっ!?

 あ、ポーション……ッ!? 凄いっす!!

 ちゃんと効いてるっす!!」


「ほう、コレはなかなか……」


(ポーション凄いですね? 傷口が一瞬で消えちゃいましたよ)


──ズキ……。

 と、ポーションの効果に驚く星司の右眼から知識が浮かび上がる。


 ソレは〈始まりの巫女〉が行った霊障治療の"記憶"であった。


(くっ!? ……あれ? 微妙に女子高生さんの霊脈? いや、霊力波長ですか?

 兎に角、本質に近い部分が乱れてるのが分かりますね……。

 コレは混沌の後遺症でしょうか?

 うーん、シュビラさんはこういうのも治療してたんですか……。

 よし、霊力は少ない方が、寧ろやりやすいみたいですし、僕が治療してみましょう)


「治療は済んだようだが、万全という訳にもいくまい。

 些細なチカラではあるが、魔を退ける者に我が技にてオマケをしておこう」


 そう告げた星司は、肌の露出以外に痕跡すら残っていない元傷口に指を触れさせると、呪文を唱えた。


「〔ズレるは、整う〕、〈アストラル・チューニング〉」


 その〈星霊技〉は、萌香への危害を警戒していた霧子にも全く発動を感知させないほどに静かだった。


『ククク、そういうイカれ方もするのかよ』


 だが、マタには理解できたのか、バイクの後部へと猫の身体が移動して、興味深そうに萌香を観察していた。


 そして、


 ゴウッ!!


 萌香の身体から炎のような気力が噴き上がった。


「モカさん!? 何事っすか!?」


 噴き上がった気力と共に撒き散らされた霊圧で押されながら、霧子が叫ぶ。


 すると、気絶しかけていた萌香が、顔色を急速に取り戻しながら、呆然と呟いた。


「チカラが、溢れてくる……?

 コレ……まさか、【万代功ばんだいこう】?

 アタシが使えないはずの……草津家の秘術が……今更、なんで?」


「ふむ。本調子に戻れたかは知らんが、我にできる治療はこれで終わりである。

 仲間と戦うも、撤退するも、好きにするといい……」


 そう告げた星司は、何事もなかったかのようにバイクの側へと戻っていく。


 その姿をポカンと見送った萌香は、徐々に凄まじい笑みを浮かべながら立ち上がると、霧子に視線を向けて尋ねた。


「キリちゃん、本部から援軍来るまで、まだ時間あるっしょ?」


 外していた籠手を渡しながら、その笑顔に苦笑した霧子が答える。


「そうっすね。人手不足っすから」


 望み通りの答えに頷いた萌香は、籠手を嵌めると、獰猛な戦意と共に気力を燃え上がらせたまま告げた。


「だよね。人手不足なら、アイツを《雪月花》が仕留めちゃっても仕方ないよね?」


「間に合わなかったら、仕方ないっすね」


「そっか……、それじゃあフォロー、よろしくねッ!!」


 ドゥッ!!


 そして、肩を竦める霧子を残して、萌香は瞬間的な加速だけで弾丸の様に跳躍すると、


 トン。


 氷雪弾を鬱陶しげに手で払いながら、桜を執拗に追い回していたヤテンの肩へと静かに降り立ち、


──ドドドドドドドドドドッ!!


 その横顔に、燃え盛る気力を纏った籠手の連撃を叩き込んだ。


「〈重ね:十段〉!!」


『グギャアアアアアッ!!??』


 ドゴォォォン!! ……ズシィィン!!


 顔面をぶっ飛ばされてバランスを崩したヤテンが倒れる中で、桜と雪姫に合流した萌香は満面の笑みで告げる。


「サッちゃん、ユキちゃん、おまた!!」

「モカ殿!?」

「モカちゃん!?」


「詳しい話は後で……こっからは援軍が来る前に倒すつもりで、ドラゴン男をボゴボコのボコにするから!!」


 万全の萌香を見た二人が、嬉しそうに頷き合う。


「そんじゃ、いくよ! 《雪月花》、ファイッ!!」


「オーッ!!」


 こうして、C級退魔士チーム《雪月花》の《混沌竜人ヤテン》退治が始まった。


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